みなさまお元気ぃ? オバサマとはいえ女の人にニッコリされたら、「はーい」って元気にお返事してちょうだいね。殿方なら「今日もおキレイですね」くらいのことが言えたら、女性スタッフからあることないこと会社の内情が聞けちゃったりするかもですわぁ。それにしても月日が経つのは早いわねぇ。ちょっとサボってる間にトランプさんが大統領選に勝っちゃったわよ。アテクシ、ごくごく普通の人ですから、最初にトランプ旋風が起こった時には「こりゃ行くかもよ」と思いましたの。でもでもその後のメディア報道がすごかったわね。やっぱヒラリーさんなのかなぁという方に傾いちゃいました。ほんと、よその国のことはよくわかりませんわ。
別にメディアに騙されたとは思いませんけど、マスメディアの報道って、フォーカスがかかっていることがおおござーますわね。ギリシャのデフォルト危機の時もそうでしたわ。IMFとドイツの圧力でギリシャが悪者扱いでしたけど、ツィプラス首相は正しかったのよ。あれはほっておけばEUが折れるわね。デフォルトなんて起きっこないの。もんのすごく簡単に言っちゃうと、借金が膨大な額まで膨れあがっちゃうと棒引きとか猶予とかしてもらえるわけ。バブル経済破綻後の日本の銀行とかそうね。もちろん信用は一時的に落ちるから、執行猶予期間中に現実的な向上策を打たなきゃならないわ。でもほとんどの国が世界経済に組み込まれている現代では、一つの経済エリアを完全に見捨てるなんてことはできないわ。これもグローバリズムってやつよ。
トランプさんは大金持ちだし、とぉってもお下品な方だから、そればっかり強調されちゃったけど、どうやら今のアメリカに不満を持つ大多数の支持を集めちゃったみたいね。アメリカのメディアで働いてる人はもちろんだけど、日本の外資に赴任して来てる人もプチ富裕層なのよ。親がバリバリの軍人でもない限り、だいたいはリベラルの民主党ね。だけど民主党の過去八年の政策はあんまり成果が出なかったわねぇ。サブプライム危機をさらなる金融緩和で乗り切っちゃったわけでしょう。それじゃあ共和党の伝統的富裕層優遇政策とあんまり変わらないわよ。不人気者同士の対決って言われたけど、トランプさんは共和党執行部にも楯突いていたわけでしょ。彼が最初に発した「俺は大金持ちだから公平な政治ができる」っていう言葉の方が、政治活動で大金持ちになって莫大な選挙資金捻出したヒラリーさんより信用されたってことかしらね。
アメリカの隅々まではアテクシにはわかりませんけど、中間層の人たちは苦しんでおられるようですわ。あの国は一割の富裕層が国家資産の七割くらいを独占する国でしょう。韓国以上ね。それはダウ平均とか野球やバスケ選手の年俸とか見ればすぐわかるわ。日本円の一億が十億感覚の富裕層がたくさんいるのよ。日本ではサラリーマンでもコツコツ株投資ができますけど、アメリカじゃかなりの額を持ってないとまともな取引は無理ね。トランプさんにできるかどうかはわかんないけど、富の再分配が課題になり始めてるわ。トランプさんはアメリカ一国主義で経済全体を底上げしようと目論んでるけど、オバマさんは「そんなに簡単にはいかないぞぉ」って感じね。でもあの選挙戦ですもの、何かは確実に変わるわね。
だけどアメリカで起こることは必ず日本でも起こりますわ。実際もう起こっていると思います。まあこんなこと言っちゃ失礼だけど、日本の方がアメリカより拝金主義者が少ないから、政治経済の仕組みとしてもなんとか経済格差を縮めようという努力が続いているわね。だけどこの問題は根深いわよ。楽して稼げるなら仕事したくないってのも人間の本音よね。そして楽して稼ぐ方法は、現代では確かにあるわね。
昔はそれはとっても大きなリスクでしたわ。でも今ではサラリーマンとして会社で働くのもノーリスクとは言えないわ。投機のリスクと地道に働くリスクが近づき始めているのよ。露骨な言い方をすれば前者は利益も損失も自分のもの、後者は損失は個人負担じゃないけど利益の大半は会社のものよ。リスクが等価になっていい投機筋が見えたら、投機リスクを選ぶ人が増えるのは当然ね。貧富の格差は拡大するけど資本主義では個人の富を奪うことはできないから、富裕層の意識構造改革で富の再分配方法を模索するしかありませんわね。もち富裕層だって努力してるのよ。だけど努力の質が昔ながらの勤労じゃないってことよ。
翌昭和二十一年(一九四六年)一月の半ばのことだった。美桜子はUSハウスを訪ねて将軍に面会を求め、書斎で向かい合っていた。(中略)
「伯爵邸の庭にあるナイトクラブというのは、貴国の将校たちの人気を集めると思いませんか?」(中略)
「それは、面白いかもしれないな」
ぼそりとつぶやいたのを同意として受け取って、美桜子は話を進めた。
「それで、ジェネラル、純益の配分ですが・・・・・・将軍が五割、私が四割、伯爵家に家賃として一割支払うことで如何でしょう?」
「私は異存ない。しかし、伯爵家に一割もくれてやる必要はないんじゃないか? その分君の取り分が減るわけだし」
「私の家は代々伯爵家に仕えてきました。先祖から続く恩があるのです。私の代で断ち切ることは出来ません」
「大層な忠誠心だ。伯爵家は忠実な家臣を持って、羨ましい」
将軍は感心しているようだった。
美桜子にすれば半分は本心で、半分は芝居だった。伯爵と燈子に報いたい気持ちに嘘はないが、同時に将軍に欲深な人間と思われたくなかった。共同経営に一番必要なものは信頼なのだから。
(山口恵以子『クラブ・サンセット』)
山口恵以子先生の『クラブ・サンセット』は終戦直後のお話ですわ。戦中に外務省に勤めていて英語が得意だった美桜子が主人公です。東京大空襲で焼け出された美桜子は父親の奉公先だった伯爵家に間借りさせてもらうことになります。戦後の混乱で伯爵家はGHQの将校用住宅として強制借り上げになるのですが、美桜子はアメリカ人将校と談判して、伯爵一家をそのまま広い屋敷の一角に住まわせてもらうことに成功します。また屋敷に引っ越してきたアメリカ人の将軍に、屋敷の離れを使ってナイトクラブを経営することを提案したのです。
日本の敗戦と同時に、美桜子はアメリカ軍人や日本の富裕層相手の商売を考え始めていました。終戦から一ヶ月後の九月十五日に『日米會話手帳』が刊行されてベストセラーになります。それを見て美桜子は「世の中にはなんて目端の利く人間がいるのだろう」「もうぐずぐずしてはいられない。手をこまねいているうちに、どんどん先を越されてしまう。一刻も早く、新しいチャンスの芽を見つけなければ」と考えたとあります。美桜子は自分の英語能力と人脈を駆使して、当時最も割のいいビジネスを始めたのです。やり手のビジネスウーマンの走りですね。またナイトクラブは大当たりして、配給と闇市の社会で美桜子たちは余裕ある生活ができるようになります。
“I want money, I need money !”
サムとコーウィーは、ずっと唄い続けていた。二人とも歌詞はそのワンフレーズしか知らないらしく、続きはスキャットになった。(中略)
「ねぇ、サム。エアコンを入れてよ」
リアシートから二人の間に割り込んで、僕はお願いした。すると、サムは運転をしながらからっぽの燃料計を指さして、ちょっと気まずそうに言った。
「すまないが、コーウィー。ガソリン代をめぐんでくれねぇか」
あれ? ハーフ・アンド・ハーフじゃなかったのかな?
「オブコース」
チェロキーは砂漠に呑みこまれた道路の端に止まった。
「話し合おうぜ」
サムがガンを握りしめて車から降りた。やっぱりここで殺されるのかな、と思った。
「ノー・ノー」
コーウィーは札束をそっくり窓からつき出して、命乞いをした。
「そうじゃねぇって。ベスト・フレンドなら、何もなかったことにしてくれねぇか。ほれ、この通りだ」
サムは痩せた腕を伸ばして、銃口を空に向けた。トリガーを引いても弾は出なかった。でも僕はそのとき、一発の弾丸が音もなく、空の高みに吸いこまれたような気がした。
(浅田次郎『ブルー・ブルー・スカイ』)
浅田次郎先生の『ブルー・ブルー・スカイ』も日本人とアメリカとの関わりを描いた小説です。現代のお話ですが、食品会社に勤め、母親と同居する未婚のさえない男・戸倉幸一がアメリカに遊びに行きます。幸一はラスベガスで全財産を使い果たしてしまいます。ちょっとギャンブル狂なんですね。尾羽打ち枯らした幸一は、老人が一人で経営するグロッサリー・ストアでまたなけなしの金をポーカー・マシンに賭けます。結果は二万ドルの大当たり。ただ店に二万ドルがあるはずもなく、老人は電話をして胴元の所に金を取りに行きます。英語がほとんどできない幸一が店に取り残されます。
そこにこれも生活に行き詰まった黒人のサムが車で通りかかる。最後の財産である銃を売りに行く途中です。弾は入っていません。やけになったサムは、グロッサリー・ストアを見て人生初の強盗をしてみようと思います。店に入ると幸一がいて、ポーカー・マシンが大当たりのランプを点灯させている。サムは店主の老人が戻ってきたら金を半分寄こせと銃で幸一を脅します。これを全部見ていたのが店に万引きに入った少年です。逃げられなくなった少年の前に、店主が金を持って戻ってきます。大金なのでギャンブル会社の警備員と警察官が一緒です。サムは当然、警備員や警官から疑いの目で見られます。しかしこの緊迫した状況を少年が救ってやったのでした。
二万ドルを手にしたコーウィー(サムは幸一と発音できないのでコーウィーと呼んでいます)とサムと少年は、奇妙な友情に包まれてサムの車で出発します。サムはもう金を強奪する気持ちが失せています。ガソリン代を恵んでくれるだけでいい、「ベスト・フレンドなら、何もなかったことにしてくれねぇか」と幸一に頼みます。しかし幸一はサムに一万ドルを分けてやったのでした。
大衆小説は世相を映す鏡です。山口先生の『クラブ・サンセット』は、ちょっとした目先の知恵と勘を働かせて効率よく稼ごうという現代日本社会を描いています。これに対して浅田先生の『ブルー・ブルー・スカイ』は先生らしいファンタジーです。ただこのファンタジーにもリアリティがあります。言葉の問題を抜きにしたら、日本人は山口先生の作品に興味を示し、アメリカ人は浅田先生の作品が好きだと言うかもしれません。貧富の格差を必然的に生んでゆく厳しいグローバリズム経済は、ファンタジーとまでは言いませんが、理想を掲げてそれを実効あるものにしなければなかなか変えられないでしょうね。
佐藤知恵子
■ 山口恵以子さんの本 ■
■ 浅田次郎さんの本 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■