山田隆道さんの連載小説『家を看取る日』(第19回)をアップしましたぁ。主人公・新一のお母さんが亡くなって葬儀が営まれます。葬儀の場はそれまで避けていたり、押し殺していた人間関係が露わになる場でもあります。新一の場合、それは避けていた父親と否応なく向かい合わなければならない場です。死者のために近親者が集う葬儀は、生者の未来の関係を作る場でもあるわけです。
棺の蓋を閉める直前、葬儀スタッフの一人が言った。
「最後に喪主様からお別れの言葉です」
すると、父は聞いたこともないような穏やかな声で母に言葉をかけた。
「ありがとう」
ここでも、それだけだった。それ以上はなにも言わなかった。
父は母に向かって深々と頭を下げた。棺の蓋がゆっくり閉められる。これで母の顔は見納めになるのだが、父はその間も頭を下げ続けた。
だから、僕には父の顔が見えなかった。父がどんな表情をしているのか、まったく想像がつかなかった。だけど頭を下げている最中、父が目のあたりを指で拭う仕草をしたから驚いた。一回だけだけど、確かにそういう仕草をしたのだ。
(山田隆道『家を看取る日』)
頑固でデリカシーのない父親の葬儀の場での振る舞いの描写です。こういったところに人間の外面と内面のギャップがよく表現されています。新一は親思いの優しい息子で、父親とは正反対の性格に見えますが、案外この親子、表裏のやうな精神構造を持っているのかもしれません。
■ 山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第19回) pdf版 ■
■ 山田隆道 連載小説 『家を看取る日』(第19回) テキスト版 ■
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