唐門会さん所蔵作品を整理していて、さらに未発表句を大量に含む安井氏の原稿を見つけた。自筆原稿『句篇』(一)~(四)と『空なる芭蕉』(一)の五冊である。資料の整理に時間がかかってしまったが、今回から五回に分けて一冊ずつその内容を掲載してゆく。今回全文を掲載するのは『句篇(一)-夏への旅-』である。
なお先に自筆原稿『句篇』(一)~(四)全体の概要を説明しておくと、これらは主に安井氏の第十三句集『句篇』(平成十五年[二〇〇三年])と第十四句集『山毛欅林と創造』(十九年[〇七年])の草稿原稿である。自筆原稿『句篇』(一)~(四)から句集に収録された句数を以下にまとめておく。
・第十三句集『句篇』収録 一〇四六句
・第十四句集『山毛欅林と創造』収録 四七句
・第十五句集『空なる芭蕉』収録 一句
句集『句篇』には一〇八七句が収録されたので、その約九十六パーセント(一〇四六句)が自筆原稿『句篇』(一)~(四)から採られたことになる。自筆原稿『句篇』(一)~(四)から『山毛欅林と創造』、『空なる芭蕉』に採られた句は少ないが、この二冊に関しては別の自筆原稿がある(あった)のだろうと想像される。
また自筆原稿『句篇』(一)~(四)に記載された総句数は三四一〇句である。公刊句集『句篇』、『山毛欅林と創造』、『空なる芭蕉』に採られたのは全部で一〇九四句なので、約六十八パーセントの二三一六句が安井氏によって破棄されたことになる。簡単に言えば、安井氏は公刊句集用に千句を選ぶために、三千句もの作品を書いたわけである。自筆原稿『句篇』(一)~(四)は清書稿なので、これ以前にさらに多くの句が書かれていた可能性もある。
今回紹介する自筆原稿『句篇(一)-夏への旅-』について簡単に説明しておけば、冒頭に表を掲載したように、自筆原稿に記載された総句数は八三九句で、そのうち二六七句(約三十二パーセント)が句集『句篇』と『山毛欅林と創造』に収録された。破棄された句は五百七十二句(六十八パーセント)である。なお自筆原稿『句篇(一)』のサブタイトル『夏への旅』は、公刊された句集『句篇』では第Ⅲ章のタイトルに採用されている。
もちろん今回紹介する唐門会さん所蔵の自筆原稿は完全なものではない。秋田の安井氏の書斎にはさらに多くの草稿原稿が眠っている可能性がある。しかしそれらが公開されるとは限らない。不完全なものであろうと、現段階で安井氏の創作現場をうかがい知ることのできる資料は貴重である。なぜならわたしたちは、安井浩司という俳人の作品世界を目の前にして、それを読みあぐねているからである。
詩人の鶴山裕司氏は、安井氏の句「渚で鳴る巻貝有機質は死して」について、「安井浩司の処女句集『青年経』の巻頭に置かれたこの句を、私は以前、「巻貝」とは「表現形式」のことであり、「有機質」は「表現内容」であると読み解いた。(中略)巻貝の殻のように頑丈な俳句の表現形式(中略)は、確かに存在する。だが俳句は俳句形式と同等の強さを持つ表現内容を、あらかじめ持っていない。「有機質は死して」という言葉は、俳句形式は存在するが、表現内容はアプリオリには存在しないという〝状態〟を表している」(『安井浩司「俳句と書」展』収録「極北の俳句」)と書いた。この読解は安井文学のみならず、俳句文学の本質を衝いていると思う。
俳句文学は、その形式を絶対に手放すことができない。「巻貝」(俳句形式)の中に風が吹き込めば、それはどんな音色であろうと鳴るのである(俳句ができあがる)。そのようにして毎日膨大な数の俳句作品が作られている。しかしほとんどの俳句作品は俳句形式が作り上げているものであり、その内実は死んでいる(「有機質は死して」)。安井氏が前衛俳人であるのは、俳句形式と表現内容を巡るこの陥穽に意識的だったからだと言える。
しかし鶴山氏が「有機質は死して」を、「表現内容はアプリオリには存在しないという〝状態〟を表している」と正確に読み解いたように、安井氏はこの句で〝表現内容はもはや存在しない〟という絶望を表現しているわけではない。恐らく安井氏は、俳句文学が飽くことなく繰り返してきた「表現形式」と「表現内容」の関係を、従来とは全く異なる審級に移行させようとしている。「有機質」は現実の土地や草花などに固着した表現内容を指すのであり、安井氏の目指すそれは、有機質が死に絶えた〝空〟の審級に属しているのである。
富澤赤黄男・高柳重信が創出した前衛俳句は、多かれ少なかれ「俳句形式」を疑い、それに揺さぶりをかける芸術だった。そのため前衛を貫こうとした俳人の作品数は一様に少ない。しかし安井氏は多作である。伝統俳人と比較しても極めて多作であると言ってよい。「有機質は死して」は絶望や諦念を感じさせるが、そうではないということである。いわゆる花鳥風月の有機質が死に絶えた想像界が、安井氏にとっての「表現内容」(界)になっている。その精神の軌跡は、安井氏の草稿を読めば朧にであれ辿ることができるだろう。
諸川に牛を入れにごすや春の空
湖東祭り底なし船の浮かぶ春
名無き野に抱(いだ)く褒美の白うさぎ
頭蓋骨の器さし出す白雨来て
誰も水汲まずよ井戸に銀魚在(い)て
初林檎天にも蛇は多くして
釣鐘草や西が北に片寄りぬ
野の雨神に暇(いとま)乞いする少年よ
山刀あり映るは雉子の百の眼ぞ
はたはたは夢みる車輪の顚覆を
遙かに父が飯盛り上げて山の頂(さき)
帰らなん割れて真白の餅あけび
南風は巨(おお)鳥として庭に伏す
古白鳥を抱いて癒しの力なれ
白桃を盗んで食わす老妻に
冬山河筒より白粥こぼれしよ
笹に残すや三四寸の鮎のゆめ
倭文(しずり)切る剃刀具みな新しく
酒少し振れば真鯛の浮かぶ海
耳底も明るくなれり紫雲英原
自筆原稿『句篇(一)-夏への旅-』から、句集に収録されなかった作品二十句を選んでみた。句集収録されなかった理由は様々で、過去の句集収録作品と表現・内容が重複する句、または安井氏にとっては比較的単純に感じられるような句などが落とされている。しかし「笹に残すや三四寸の鮎のゆめ」、「耳底も明るくなれり紫雲英原」は素直だが秀句である。また「倭文(しずり)切る剃刀具みな新しく」は、なんとも余韻のある句だと思う。
岡野隆
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句篇(一)
-夏への旅-
安井浩司
第一章
乳頭山の春より現われ始むべし (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
かっこうや木魂を濡らす滝ひとつ
麦鳴る頃の人類を跳ぶ尨犬じゃ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
塔上ふと大工は罪を犯す春
天動のひるすぎて蜂みな静か (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
皆常(とこ)にするめを賄賂とする忽れ
諸川に牛を入れにごすや春の空
一老人はただ忍従す天の桃 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
野良女達身近かな道の平らなる
老爺からのみ発生すまくなぎよ
雲中の野峰もいつから結晶に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
鶫下りるやいばらの中の枡席に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*1
夏の鳶容れたる海も老人ぞ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
箱根草ただ逆向きに共寝して (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
月光射して水霧となれり厠妻 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*2
昼風や蓮葉も重荷となっており (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
菱草や図工のなかで死ぬる鷺
流れる河の御名を現わす腹上に
遠き樫樹に教訓詩のみ残らんや
老男女を驚かすこの巌つばめ
赤腹はもぐるや危険な西風に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
鳥占を読まんと道を外れゆくも
紅鶸降る中老人のみが嘘をつき
小松原いきなりひばりを素裸に
百日紅煙草の老優裁かれき
白雲や老女と浸るは同じ河 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
睡蓮や相同(ホモロギア)のふとじゅんさいに (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
渋草や驢馬は天理につまづきぬ
愛(エーロス)は来る干からびの痩せはてて (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
湧く鷹の「身体は魂の墓」なれや (『句篇』Ⅱ)
山や水や男根霊歌のおこる秋
山雀翔つ聖サンダルの素足より
何の跡羅紗搔(らしゃかき)草の生えにけり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
湖東祭り底なし船の浮かぶ春
冬滝に智弁の鷹をかえり見て (『句篇』Ⅷ―巨霊―)
いばらの根もて養われたる経塔は
冬の崖支流のひとつが落ちて無し
杖刺して春土に餡物感じけり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*3
名無き野に抱(いだ)く褒美の白うさぎ
秋なぎさ乞食の男根のみ貴(たか)し
悪しき花鳥払うは継母のみにして
大葉睡蓮遙かに古注家の歩み (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*4
古歌や摘めば溢れてじゅんさい女(め) (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
鯨の屎(くそ)へ泳ぎゆく父大晩夏 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*5
名無き池ときに鯰も働けや
つるくさはみな左旋して帰省道 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
星辰も家畜絵もまた死闘して (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
羆(ひぐま)のような番人星や歩み寄る (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
農夫のみが日陰の坐り永からず
性交後は沢かぜを聴き従わん
放尿ひくく永く保つや冬の海
野の蓮をめぐれる空気声を上ぐ
泉ありて神譜をたぐり上げる秋
はたはた波に脚付壺の耐えるのみ
色初茸となり湿るもの乾くもの
赤麻抜くは植民団の父(おさ)なれや (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*6
鞘から剣の突きでる痛み山菫 (『句篇』Ⅱ)
雲雀野へ焼身仏など見に行かん (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
棒高跳びの葬礼競技ありうるも
稲葉に乗る「魂の重さ比べ」なら (『句篇』Ⅴ-万物の高揚-)
屋(いえ)は無くとも川辺に娘育ちけり
頭蓋骨の器さし出す白雨来て
水芹塊り生ゆ浄福の大地なれ
野蜂休まずこの先細りの男根に
銅色蜂や「諺集」に尿をこぼして
かのおとこ痩身そらす鈍(おそ)のかりがね (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
つぐみ広原先ず退場歌起るべし
真二つに雉鳩割られる北奥に
蟻地獄どれも御空を父とせり (『句篇』Ⅱ)
赤とんぼ陶の臥せ牛粉々に
素十は行く花野に踊子救わんと
近代は遙かに釣師の手首の返し (『句篇』Ⅱ)*7
首穴ばかりの衣(きぬ)与えらる秋の雲
夕鱸(すずき)跳ねるや釣師の投影に (『句篇』Ⅱ)
秋雲や蟇の色(しき)はや広がらず (『句篇』Ⅱ)
妻に寄る鹿を肘もて打つや秋
あゝ神々の古代年金滅ぶ夏くさ
近寄ればうぐいは一処に乱れおり
うつぼぐさ筆頭詩人も墜ちるかな
さすらいの虻ならわしらの禿頭に
夏やこの氷をつかむ新(にい)児ども
未審(いぶかし)の翁といわれる藪がらし (『句篇』Ⅱ)
大いなるいばら馬櫛を挿しおくも (『句篇』Ⅱ)
うつぼぐさ過ぎるは車輪の卍なれ
我を視ずに秋祇園社の乙女たち (『句篇』Ⅱ)
蒼揚羽湧くは「弟子的生活」より
番楽の物見の黒蜂去りにけり
渤海乙女は漂着しすぐ洗濯し
森の泉の癒し手が搔き乱しけり
家蜂のみが親し全裸の乞食来て
ふるさとや浜にも麦の稔りあり
海ほとり聖書を崩す砂奴 (『句篇』Ⅱ)
透(すい)垣をしずかに歩む神奴 (『句篇』Ⅱ)
鷺草やいずれ来たらん風奴 (『句篇』Ⅱ)
好色の土筆をたのめ雲奴 (『句篇』Ⅱ)
高下駄で去る雪奴さようなら (『句篇』Ⅱ)
草上や眼の副次とぶはたはたら (『句篇』Ⅱ)
誰も水汲まずよ井戸に銀魚在(い)て
薊原三年裸足で歩きませ
先師の鯰その顔(かんばせ)を盗むのみ
沢風やそこに川名を受ける友 (『句篇』Ⅱ)
寒の火祭り狂女は頭振り落とす
瓜抱え帰るや雲から採れたもの (『山毛欅林と創造』Ⅶ-最後の神話-)*8
百姓は見もせず岩間の白うさぎ
冬の空御油を塗ってめぐる蔦
小柴の鳶は溶けおる銅屋根に
やがて輪切りへ下女の腕も軒鳩も
遠き神殿むらさきぐさもて投票し
出雲おおばこ臨終者を抱き起こさんと
大いなるむらさき蝶の叙階なれ
棘草よりも石に落ちたき鷲の人
いずれ無牛も汝の左へ倒れんや
すでに寂しき大地器のうらおもて
臭木(くさなぎ)嗅ぎし馬が勝利をもたらすよ
最小の龍釣り上げる今日の海
古陵の丸み姉から踊り出しにけり
冬藪ひそみおれば熱尿注がれき
はや没落対面踊りのおとこども (『句篇』Ⅱ)
炭火起しの始めの鍛冶は牧の人
晩春のこころの糸杉突っ立つのみ
春御空手のひらのみの供え物 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
禿山の黒茸王座に即(つ)かせんや
初林檎天にも蛇は多くして
巡礼人は疲れて鷹の山別れ
此の川や遡(のぼ)れは突如鷹の愛
魂(たま)は止まる手近な草の泡の穂に (『句篇』Ⅱ)
天堂の森の茸も消えにけり
箱庭を抱(いだ)き伏すとも枯野波 (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)*9
救済のソースに濡れて夏の鱧(はも)(『句篇』Ⅱ)
雲の下鯰を揉めばうぐい吐き (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
吹かれたる後ろへ女友の虱髪
顎上げて乞食は龍を踏みにけん
秋山河転んで舐める地塩かな
鶸ふたつ震撼させるは糸杉を
鉈つきの柱の残れる冬山河 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
足の露払わずに来る巡礼女
朱塔より木槌の落下鷲は救え
古代緑のコーヒなれや接吻(くちづけ)し(『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*10
磨崖仏陀は一度はつぐみ尾を上ぐる (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
乞食起(た)ち目覚めぬままゆく春渚
大日仏や端から端へとどく蛇 (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
釣鐘草や西が北に片寄りぬ
水を踏むもの近づけり鬼蓮に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
風景の下りざる揚羽を信じけり
月光山に備えあるべし二(ふた)わらじ (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
農夫出て息子の楽器を燃やす秋
雪大地啜りてはまた乳(にゅう)とせん
ひる月は上れる阿礼の乳房より
小おんなに国語無くとも春の暮れ
後期の精舎に鳩が充満していたり
青葉あらし浴場(あらいば)で人生生まれたり
春鳶や破れてうすき簿記ひとつ (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
ふるさとや緑地に古代簿記ありと (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
夏草や立っておった簿記の神 (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
藪いばら難解な簿記創らんや (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
遠き神社の髭を抜かんとする孤賊
諸人体はよみがえらずに莧(ひゆ)のくさ (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
魚持ちの神を訪ねて春河原
刈田かな残学の雁みなひそか
喜びのコルクの一個梅雨の海
西風や流れ来る人コルク抱き
向日葵の無礼のしずかなる裏へ
御足台に足馴らしおり秋の鷹
足台のおみなの厚足虻親し
新池に臆病の鯉入れにけり
喜望峰産ゼラニウムは来つつあり
むらさきの下着の友を追う出雲
股間から見えて野城(のぎ)の跳ねうさぎ
北の方を首(はじめ)とし国上らんや (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)*11
西の方へ尾とする国の悶うべし (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
国の余りに韮を植えたる賢さよ
萱の深さに隠れて弟山ひとつ
夏よもぎ国師も跡を歩みおり
丸茸の不易のけむり上がるかな
花野中いま大料理をうごかさん
鳶ひとつ巡れる大地の熊愚か (『句篇』Ⅳ-待機と蓮-)
漆炎えて狐を細見すべき藪
山の鼻より一番虻を上らしむ
浜豆は茎に弾かれ去って行った
塩採る翁現われてまず見晴かす
夏越祭り舗道に茨を仕掛けたる (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
野の雨神に暇(いとま)乞いする少年よ
充分春や御顔をかくし尿長き
茨野歩め他人の沓など思わずに (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
*1 定稿では「枡席」→「褥席」に改稿
*2 定稿では「なれり」→「なれる」に改稿
*3 定稿では「けり」→「たり」に改稿
*4 定稿では「遙かに」→「ほとりを」に改稿
*5 定稿では「屎(くそ)」→「屎」に改稿
*6 定稿では「赤麻」→「赤麻」あかそ)」に改稿
*7 定稿では「遙かに」→「ひそかに」に改稿
*8 定稿では「瓜抱え」→「瓢(ひさご)提げ」に改稿
*9 定稿では「抱(いだ)き」→「抱え」に改稿
*10 定稿では「接吻(くちづけ)」→「吻(くち)づけ」に改稿
*11 定稿では「上らんや」→「起らんや」に改稿
第二章
晩秋永くは止まる勿れ三叉路に
はこべぐさ行くのみのみな穴泊り
老いたる犬は他人の池で泳がない
黒鳩くるめる贈物には心せや
夏驢打つや戈も小さき棒ひとつ
海でなく渚におのれを投ず春 (『句篇』Ⅱ)
晩夏おそろし服から頭払われて
春の古祠そこに境の合しけり
懸崖やそのまま歩み登る鳩
石と粘土の混ざらぬ大地気難し (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
二月原や薄(うす)水急に起き上がる
晩夏泉に突立つままの水もある
山刀あり映るは雉子の百の眼ぞ
午前にありき渚のうさぎ海兎
女逝くによき秋大地の脂燃ゆ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
野の蛇へ投げたる石を集めんや
はたはたは夢みる車輪の顚覆を
畑に坐し橄欖に教え込んでおった
混合も二つに分かれて虻と蜂
商人の銅像なれや鳥の海
百姓の木像おこす草の海
裘(けごろも)の話をいたすな老熊は近し
祝祭や波蹴る魚から捉えらる
猪夫妻駆けるやホルンの拡がりに
山鳩の啼くまま旅する石であれ
汝がゆびを嗅ぎたる我や蓼の花
孤鳥もぐる浮き穴はあり春の海 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
遙かに父が飯盛り上げて山の頂(さき)
夏の土堤鈴堀り出して行く乞食
木蔭の犬が笑うや旅の行き過ぎを
五月鯛原理の棒もて打たれたし (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
青山河假面に筋(きん)を与うなり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
古駅の葡萄枯草燃えいたり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
われらみな粉で作らる夏の像 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
突如起るものとして鶏交む庭
冬蜂ひとつ出づる浄侶の菜(な)食辺に
古池や唇(くち)もてさぐらん鮒の口
名山ありと忍び隠れる夏の賊 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
東日流海父(おや)の岬を出しにけり (『句篇』Ⅴ-万物の高揚-)
夏の海尖れる父根(がも)のみ貴しや (『句篇』Ⅴ-万物の高揚-)
霜原を刺す尿なれば悲鳴かな
風の鷺にて唾を遠くにとばさない
筵にねてや足の触るさそりぼし
麦秋や小学火事のありうるも
遠足や肩にと触れくる毒心鳥 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
枯草のからすのきんたま拾い棄つ
天や地やさらに野鮒煮つめらる
子を成してこそ木ささげを語るべし (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
枳穀は五月の雪もて枯れにけり
春雷は震えうながす楤の芽を
花主も頭(ず)垂れて慈悲心鳥の闇
遠雷の痛みが花師の回腸に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
山上鳶も天の左施に従うや
紅花(べに)の翁が養魚の翁に近づきぬ
天の茸からすのこしかけ燃えにけり(『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*1
帰らなん割れて真白の餅あけび
秋田縣仙北郡雲然(くもしかり)村鷹の恋 (『句篇』Ⅵ)
天上強風核(たね)を見せては一位の実 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
このてがしわ覚らぬように移植せや
葉を張っておとこたんぽぽ終りけり
冬の林間されど高致の泉あり (『句篇』Ⅷ―巨霊―)
やがて金柑糞色厚き好土より
南風は巨(おお)鳥として庭に伏す
新しき南枝は鶸を記憶せや
老農ひとり男糞女糞を混ぜる秋 (『句篇』Ⅵ)
塩せんべいを投げて冬航く鳥の海
白雲や酌童跳ぶわが死ぬるまで (『句篇』Ⅶ―交響の秋―)
秋風や出会えば虱をとる二人
古白鳥を抱いて癒しの力なれ
椎の闇汝が肩へと鋸下るらし
老我かつて大地を濡らし稔らせき (『句篇』Ⅶ―交響の秋―)
釣り過ぎの鮒を戻せどただ死ぬだけ (『句篇』Ⅵ)
亡父をめざし燈台草に腹這いぬ
春日いま櫂の厚肉削らんと
花野にて短剣振れば兄を切り
春疾風牛尾を股にかくそうよ
遠海拝むほどに高くなる秋ぞ
埃茸(ほこりたけ)ひそかな「希望」というものじや (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
図書室に乱入する馬一瞬は美し (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
寒の奥掃いてはならぬ部屋ひとつ
泣く鶴の春の渡海危うしや
御厠近くにありて妻を耕しぬ
鹿料理森へ集うに假面をどうぞ
まいまい蟲が縋るに難し蒲柳の人
妻を娶(と)にみな菜園を持つがよい
女無くして鼓の大地に踊らぬぞ
暴食の緑の鯉いて神(こう)池よ
音なんぞ出さずに偉大な音楽は
泥鰌料理ゆえに来たらず女たち
晩春の火事は消さずに見るものを
ふるさとや秀真(ほつま)のわらび握りしむ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
わが骨の汝(な)を抱きしむる水の秋
美しき冬土の糞ゆえ妻とすや
箱の家造らん午後から草の秋
天地など鴿(はと)を放てば帰らない (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
愚かにも人ら東方(ひがし)へ移る秋
荒地の壇に通じる道や赤とんぼ
花と塩を噴く危介や梅の枝
四月丘の砂投げて切る日輪を
野虻来ては紛れる僧侶大鑑に
荻に出る個賊の顔もすべて消え
石でうつや老虎の中に在る石を (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*2
春の山々人と歌との騙し合い
辿りきて虻は静かな家に死す
人体骨は自らに倦み睡り花
静かな龍の心臓なれや梅雨の寺
水甕は倒れて水や二月海
秋天より魚形の服を着て釣らる
馬尾藻(ほんだわら)くわえて海上流れ人
饗宴や鳩の青首みな残し
蜂巣とて歌いたきみな野の宴 (『句篇』Ⅲ-夏への旅ー)
平手打ちの跡もつ女よ青あらし
春空から酒壺下りくる静かな船
かの夫妻全裸でパンを焼く小夏
女神像の来歴つぶやくいばら虻 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
歓喜せや三品をもて野の宴
黄蝶ひそか骨董群の燃える夢
何より白瓜農爺の濡れた贈物
頸ごと抱いて男を入れん夏の海
遙かな寺塔雨から雑魚が生まれ落つ
日に垂れき馬尾は吹雪を予感して
春を逝く上の水より下の水
春の鶴一瞬塵に帰りけり
此の道や塵の網にと在る揚羽
冬の傘閉じれば雨も止みにけり
黐(もち)の花むかしヤンマも鳥であった (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*3
擂り鉢から散ったるものが生類に (『山毛欅林と創造』Ⅰ)*4
月見草ひとりの丁(おとこ)を抱き上げし
春の暮れてんぷらの火を叫びしか
急に老ゆ雀を飼養しておれば (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
渾沌はことんと土間に死ぬる春
山桃大樹を擦り下る服煙りけん
山上(さんじょう)参り昨日の火事を踏んで来し
やがて水草生える雨の山上に
蟇は必ず踏まれるその合歓の下
黍畠とび込む乞食よ傷まない
草の穂の箒に打たれ死ぬんだよ
銅汁こぼれる野牛(のうし)の尾の絞りもの
春鷲が落ち伏す水べ国となる
餅一枚天地を忘却していたり (『山毛欅林と創造』Ⅰ)
大洪水は来る直前の麦の秋
洪水後まず放尿より始むべし
秋石山の鼠が靴紐抜き去るよ
夏蛇抜きし地に酒そそぐ陳謝して
単純な枝にすぎずよ橿原木(もとき) (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
春旅の路上にこわき平尾鳥
象の上なるものが龍象青あらし (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
黄蝶湧くや木骨造りの伽藍より
旅果ての身からむらさき蟲が出て
夏のあらし亀の個体が定まれり
春鷲やスレート屋根に伏す悦び
春水深き児等の頭に触れて泣き
晩春翼の拵えをもつ門がある
されば共時青味アロイの育つ家々
初秋はや横断面もつ野の牛ぞ
春の驢に親し出窓の腕木ども (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
ふと窓税を思い出すよ道行く牛 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*5
山中孤塔に瞳のような窓入れなさい (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*6
春の陽の浴場窓も疲労して (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
天窓の雷(いかずち)匂うはむらさきに (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
乞食の頭も小さくなれり臆病窓 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
瓜蝿生れて上下(あげさげ)窓へ行かしむる (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
春日輪は来る黒布の窓隠(がく)し
白雲や落ち蔦伏して翼部に
木像焚いて煙の道をもつ空よ
鸚鵡ごと玄関(ポーチ)をもちゆく夏嵐
女弟子に離れて尿す枯山河
沖に浮くマホガニー材蝶湧くや
刈り牛の傷に脂溢れて麦の秋
禍なるや甘よもぎ苦よもぎぐさ
枯枝道や言(こと)巧みな鶸消えて亡し
遊行人(びと)は泣くや倭小やまあざみ
末の日を越えられずに散る蝗ども
枯菊や燃えているのに焼けていず (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*7
天の高穴アーモンドの枝(え)をもて探る
北の空馬体を襲うおおあざみ
宙越えの白馬も嵌めるや稲不食(いなくわず) (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
鷹伏して全土に春の裾(もすそ)満つ
昼の虻墜ちるな草上来る海に
青乞食しかと嚥みしか鳩の糞
春近江鯉は片柴(はしば)のつかえ死ぬ
蹴飛ばして蟇の位に坐らんと
老人同時に南と北の小屋を発つ
蜂はうかがう人面時計の静かな家 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
柴露くさデンマーク体操興りけり
蝦夷黒松の伐られても影残れるよ
麦秋経て名牛は打ち倒されき
昼月や荻を分けるとおどる仮庵
青蛇の首や念怒の過ぎ去るまで
われらみな男根短し麦秀歌
短かからんよすすきの敵の男根も
秋はたはたや貧しの者はわざと踏み
命日にこの春服も裁かれん
先ず花の人祖も遙かたまねぎよ (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*8
我在りき卍つなぎのからくさに (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
晩春跳ねる神の勘定(カウント)うぐいども (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
栽培歴の球ひそかなる蝦夷蒜よ
綿蟲ばかり吐く雪酔いの糸杉ぞ
春あらし地上諸物の組み合わせ
虱落つ秋は神との接触に
春沖やむこうは何の商会ぞ
童ども野火の泡末つけ来たる (『山毛欅林と創造』Ⅶ-最後の神話-)*9
道の春神語るに故意の言い落し
夏鶴の肉ローストの静かな家
*1 定稿では「燃えにけり」→「炎えいたり」に改稿
*2 定稿では「石でうつや」→「打たん」に改稿
*3 定稿では「鳥であった」→「鳥であり」に改稿
*4 定稿では「擂り鉢から散ったるものが」→「擂り鉢を散るものがまた」に改稿
*5 定稿では「道行く牛」→「驢馬の道」に改稿
*6 定稿では「入れなさい」→「入れにけり」に改稿
*7 定稿では「枯菊や燃えている」→「枯菊数本燃えておる」に改稿
*8 定稿では「先ず花の」→「花植えて」に改稿
*9 定稿では「童ども」→「金剛童子」、「泡末」→「泡沫」に改稿
第三章
青草蹴るそれが驢馬の分け前に
春われら野蕨多けど餓えにけり
睡蓮やはて運行死とはいかに (『句篇』Ⅴ-万物の高揚-)
何の卍を雪へ放尿もて書かん
日鷲の翼が庖丁どもを治めたり
荒地はたはた神のレンズが絞られき
道いらくさは師の長旅を戒めや
遠き岬の背傷にうかぶ春の鷹
古池春庭や合鍵をもて入り来し
窯より昇るかの黒鳩を布告すや
冬山河馬追い馬に日当れり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
その中に鶸横たわれり朽つづら
朝顔に駑馬の歯齦は来たりけり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
紐糞を出そう出そうぞ雪の峰
野牡丹に綱の無牛が曳かれ来し
榾火そば野鶴は鳧を叱りおる
手のひらを茅突きぬける晩年ぞ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
夕荻を起すクレオパトゥラスの高さ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
もっと熱を棺の内なる藁(しべ)の火に
雲間より面(めん)打ち人に冬鷹は近し
寒なまず躍るや売買(シモニア)の悦びに (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
眉のあたりまで父母沈み秋の河 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
今日石山寂しの鼻頭ひねられつ
谷雨は降りつつ普遍の鹿の死に(『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
浅黄色の財布にねむる虻でよい (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
紫雲英行く牛盗る心得忘れずに
料理人は巨大としたり皿の鯔(ぼら)
冬牡鹿ねむるは己れを別物に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
秋鴉(あ)一羽残りて雲へ飛び込まず
寒の小星に惹かれし人が中風(ちゅうふう)に (『句篇』Ⅱ)
柿の下(もと)のあゆめる人を撃つ試み
山稜神社合羽の黒もの走る急雨
楠下(もと)にて憩える最後の箱船ぞ
寒菊やわれらは強く勃起せり
春の乞食白紙を着ては書けと言う
脱糞しおれば春湖に何の鰭眩し
歩み来て崖から風となる道ぞ
白雲やただ彼此岸にわれの在る (『句篇』Ⅱ)
垂れあけび舌は左右の頬を刺せ
塩泉あれど割れる渇きの馬の舌
錆林檎秘む外套を合わすそこに
暮春ゆるす下着に隠れおる魂を
初日まず空木(うつぎ)は外の葉ふらしけり (『句篇』Ⅱ)*1
友来たれ長さ等しき冬墳墓
恋の鷹の影長く尿短かしよ
能面の眉を食いけり夏の蟲 (『句篇』Ⅱ)
花野遠足泣く皇后の孫なのか
流れ行く死に鷺呑まずに春の川
春の高鳶葬らる書物の巻頭に
青大地諸矢を遅くす風起り
夏の空降下と呼ばれる紐蛇は
橿の風正しき女陰を持つやみな (『句篇』Ⅵ)
春駄馬は公共の丸荷を蹴り上げし
そこに狂人叫ぶ公共のぷらたなす
牛毬花片手を離れて遊ぶ魂
夏蔦共の大に小の敗けるなよ (『句篇』Ⅱ)
岩煙草最後の巡礼過ぎゆけり
夏の萱原壺より招く男かな
晩年や瓢箪(ふくべ)をつけて泳ぎ去る (『句篇』Ⅱ)
ひるがおや汝が領分は海にして
白桃を盗んで食わす老妻に
密雲近し家の隙なる小燕に
鷹の翼に足かけ憩え湯殿山 (『句篇』Ⅱ)
梅雨の原頭上に龍を感じけり
寺院屋根の一羽の雀が一銭よ
日の鷲はくわえ他生のからすへび (『句篇』Ⅱ)
型として女陰も蝋に押さる春
こおろぎは知るや女陰の莫大を
女陰祭父より銭をもらいけり
老鶏も遅れるなかれ女陰祭
ただ横に盥の流れる盆の海
堤を双手で支えおるのだ梅雨の月
笑う熊蜂片意地つよき田園の (『句篇』Ⅱ)*2
日月や妾(あたい)は馬陸を恐れない (『句篇』Ⅱ)
冬日中かの恩寵の谷汲み女(め)
歌袋負い国出づる乞食かな
秋風になんで国の名かくす草 (『句篇』Ⅱ)
地上数寸の白袋負い秋の命(かみ) (『句篇』Ⅱ)
うわばみ草空より癒しの手が垂れて
古(こ)壺の破片集めがたしや芋嵐
落ち星を童持ちくる草の家
寺火事を叫ぶ椿を植えおかん
横ぎる鵙は天の帳簿に残されて (『句篇』Ⅱ)
日々草ヤー・スイーンふと興りけり*3
青葉闇わが墓に手を置くは誰
冬山河筒より白粥こぼれしよ
午後三時すでに晩なる忍ぐさ
山上や諸手挙げ主の日傘とす
春の筵にねころびあえの饗宴や
鷺追うてかすか御杖は来たりけり
生れてすぐ砂の涙をせるものよ
鳶の輪や絞りを着たるは男ども
変装し歩きまわる晩夏の老人
夏蛇よ島から本土に戻るなよ
寂しさに線香食うてみせる兄 (『句篇』Ⅱ)*4
枯むぐら火の丸猫を投げるかな
二月の滝へ翁の指の蠢きぬ
唾で耳を封じ泳ぐや盆の海
採らるまえ全山蕨の褒められき
はたはたや跳ねて檀徒の半分は
春蟬浅く国費葬儀をよぎるのみ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
秋の鵙は樹下の皇子を眠らせず
大日祭真っ向から来る荒乙女
裏戸にひそむ総じて雨の柴犬は
春墳土ぱーんと心房割れる鷹
巡礼寝て脚のみ昼を追いおるよ
野菊原身伏せの跡を残さんや (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
百姓の踊れる回転(ターン)の紅の花
夏原や木の卓置けば四つの界
山越しに具象の鬼が来る春や (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
学童を背に運ぶ牛が雲中へ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*5
昼の月古塔に刀(とう)を押し入れき
大晩夏なぜか逝かぬものがいて (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*6
ふるさとやひばりは古霊を喜ばす (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
つぐみ砂金をはこぶ匠(たくみ)の装幀に
鷲は圧さう青銅の手の静脈を (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
大寒夜鼠の音は除かんや
逝く春やなんで逆理のほとけたち (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
身を離れはや菩提木活ける尿
あおむけに鼻石となるつぐみ原
雨季菜園の混乱もまた正しかり
古陵ちかくの秋麦刈るは男のみ
日雀(ひがら)来て親しき僧侶学校に
石山の首領の鼠にあきのかぜ
夜の谷風両口銚子のよろこびよ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
河口に鯔(ぼら)を送り込んだる空と海 (『句篇』Ⅱ)
秋山河また侶(とも)を代え歩みゆく
川原虎杖俗女が抶け起せしよ
婚礼の大食いであれ花嫁よ
晩年となりたる野蛇の放縦よ
花こぶし雉子に眼(まなこ)の浪費あり
昆布からからと鳴るふろしきの極楽ぞ (『句篇』Ⅱ)
砒素多きひじきを噛めば春深み
塩餡の餅などどうぞ辻の歌手
延喜式扁平に昆布躍れるも (『句篇』Ⅱ)
春の逆光遂に靴屋の演説ぞ
藪の日や魴鮄食らいて父の辺に (『句篇』Ⅱ)*7
最高薄を抜けゆく不人気の神ぞ
天の垂れ蛇全ての百姓見上げおる
蜂鳥は戦闘するらし墳墓(はか)遙か
水浴嫌いの女神にさとす野川べり
蓖麻の空Y字の棒で支えきれぬ
春一日村人はみな神であれ
野蛇の穴を封印すれば恐ろしき
蓬枯原石も最後の旅に出て
海円から鯛あふれ落つ春厨 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
春日や頭上に坐れる鷲の友
鷲翁や檜原杉原めぐるのみ
大日堂裏男女はじめ草なりき (『句篇』Ⅱ)
生誕近き野岩(いし)の裂けに集い来る
夏雲や地上に語る椅子ひとつ
死の髪へ燕の形を挿しにけり
老馬に挿す桃の小枝は有効か (『句篇』Ⅱ)
泥牛に菖蒲を挿してあゆましむ
核(たね)とばすなと家郷の訓や桜の実
鷲目守(まも)る妊婦が小川で泳ぎおり
げんげ原寝たる跡あり日輪は
空中で雉子争えば雷生まる
雷湧くと花鶏(あとり)は鷹に勝ちはじむ
また新しの女陰(みほと)を学ぶ白雲下
西行は雲雀と信ず定食の中で
いずれ飛び翔つ新池造りの一(いち)人よ
春潮へわれら老母を押し行かん
おとこども来る麦比べ麦神楽 (『句篇』Ⅱ)
耳あつる秋水に貝挽く音す
白鷺を抱いて入るや濁(だく)の湯に
何も無く料理書を抱き帰郷すや
黒菫汝がうしろ手で採りにけり
父なんで黄の湯に入り死を擬き
暗がりに置きたる柘榴を信じけり (『句篇』Ⅱ)
秋草原這う蛇もまた抵当に
曼珠沙華広がりはじむ空気の穢
内にかくす拇(おや)指もまた穢ならん (『句篇』Ⅱ)
山や川挙手投足のいばらども (『句篇』Ⅱ)
よぐそみねばり子供組の現われつ (『句篇』Ⅱ)
雁夕べ子供組なお固くなれり (『句篇』Ⅱ)
紅梅や殺しに来るは子供組 (『句篇』Ⅱ)
崩さんと押す土壁の秋の友
海辺の僧に曳網捨てて従うも
鷹を放つ用心深きは春の空
防波の堤造れば憤(いか)る冬の海
何思うたび精汁を出すその夏草 (『句篇』Ⅱ)
日曜と月曜の乞食比較されき
頂上すこし濡れた月光山が在る (『句篇』Ⅱ)
何かを待つに草人形(くさひとがた)でよろしいか (『句篇』Ⅱ)
桃源近きか荒路に犬がにっこりと
蓮ほとり日に一食(じき)のあるばかり
春深み巻尾の犬も蘭亭へ (『句篇』Ⅱ)
雲俤をのぼるに難き雌(め)のあとり
泉辺に死ぬやしんじつ鳥がらす (『句篇』Ⅱ)
逝く春を牛は驢径に遊ぶのみ (『句篇』Ⅱ)
茨(ばら)木の杖もて雌雄の鶏を仲裁し
恋なれや愛国の鷹がいろり辺に
春空或る部分に強く空気かな
踊子達や来て涸池に戯れき
兄達逝けり天の荒地を耕しに
天竺楽ぞあゝ馬上にて雪を飲み
真うしろに母海をかくし冬の海 (『句篇』Ⅱ)*8
足や尾を付けるもよからん春神社 (『句篇』Ⅱ)*9
手を拍てば空から落ちくる柘榴種
春は児等隣国の石を拾い来て
道を行く杖影から立つ鬼陽炎 (『句篇』Ⅱ)*10
華鬘草や黒本尊が走り去(い)ぬ
遊行女はすすめ蛇(くちな)の縒り橋を
*1 定稿では「初日」→「初め」に改稿
*2 定稿では「笑う」→「躍る」に改稿
*3 「コーラン第36章 Y・S(ヤー・スイーン)なる意味不明の言葉(頭文字)で始まる。」という付箋による注あり
*4 定稿では「食うて」→「噛んで」に改稿
*5 定稿では「牛が」→「牛」に改稿
*6 定稿では「大晩夏」→「大晩春」に改稿
*7 定稿では「魴鮄」→「魴鮄(ほうぼう)」に改稿
*8 定稿では「冬の海」→「冬の波」に改稿
*9 定稿では「足や尾を」→「尾や髭を」、「春神社」→「秋神社」に改稿
*10 定稿では「道を行く」→「行く父の」に改稿
第四章
尾巻く風に崩(かむあが)りつつ大山毛欅は (『句篇』Ⅷ―巨霊―)*1
山毛欅葉闇どの貌もみな鮭の人
湧く春の古市に鬼紛れいて
鷺女(め)ふと微妙の神話を洩らしける
夏菊を下さるきょうの市子(いちこ)かな (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
生れてすぐ老爺に抱かる青あらし
白馬に乗ってすすきを持てばはや霊(かみ)ぞ
荻の空に消えしや躍る宗教は
永遠に昼食(めし)運べわが鷺女
大虎枕辺はや神ぶれの少年は
万緑や総身も輪の積み上げぞ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
古仏出るか止まる耕馬の脚の下
枯野雲ふと原愛のからすうり (『句篇』Ⅵ)
信の人来て芹撫づれ耕衣のち
庄内平野に神の童を挩(?)び出す
夏の宮いずれ火箸を刺す鯛に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
漆炎えるあれが最後の舞踏様
烏瓜や土塀を遍歴するままに (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
白鷺を追い行き物部の神となる
夏の空を殺すひびきの足太鼓 (『句篇』Ⅱ)
僧若くサボテン食うて暴れはて
沖にまかすや躍る恐(かしこ)き木像を (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
椎の雨森ひとさしゆびの放光よ
二月新し布道(ぬのみち)踏んで行くおみな
華鬘草を洗いし泉変わりけり (『句篇』Ⅱ)*2
詠歌の門をくぐり抜けるや雨燕
雨蜂も絵馬堂もまだ杖の先
象潟行
冬巨き眼(まなこ)の残れる渚かな (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
花野ふと女の包み釣り上げし
からたち垣や海声持っている男 (『句篇』Ⅱ)*3
地の魄(たま)が春の天鬼をにらみおり (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
笛吹けば鼓に中(あた)る野のうさぎ
食らう神辺土の瓜をままとせり
彌高神社春服は成り屑少し (『句篇』Ⅱ)*4
雪解山まず神夫人が下りにける
深山蒼鳩ゆえ胸の裂け生じけり
秋斑猫や土を飛ばして急ぐ神
晩年や春を国見の少年も
第三の老人なれや黒揚羽
悲しみの砂蟲どもは昼睦み (『句篇』Ⅱ)
風より早く草蟲どもは交みたり
蓮華草女友に寄ればさみしかり
すべりひゆあらゆる道は曲がりおる
石柱やふらり出てくる鯛売女
合歓(こうか)下微毒の酒もよからんよ
夏旅の熱烈な糞が草むらに (『句篇』Ⅱ)
女は餌をまく天に猿啼く秋 (『句篇』Ⅱ)*5
薬師三尊おおばこに垂る馬の舌 (『句篇』Ⅱ)
秋日を抱いて畠の人と藪の人
総意もて二月の暦を剥ぐ乙女 (『句篇』Ⅱ)
巡礼人につく草虱のかず知れず
悲しみの夏垣女の音ひとつ
牛一頭遺せば汝が子等怒らずに
何の石墓打ち上げられて二月海
山椒薔薇や夏の寺鐘も終ったし
冬眠のおみなにすぎず法華堂
鳥海山麓前世から来て乞食達 (『句篇』Ⅱ)
大山道や女切られる笹の葉に
二(ふた)翁湧く国風のさるおがせ (『句篇』Ⅱ)
早春鯉の頬もて笑う小池かな
冬かかし横木に乳房垂れており
十字路の点を渡るや空の雁 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
春の雁そこに大過の穴ひとつ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
子生れて花置くいちど十字路に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
花椿投げるや道の十文字 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)*6
斑猫しばし表十字にとまる秋 (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
野牡丹の花返し矢で殺されき
昼の虻よぎるや射精直前に
巡礼人よ絵馬の裏より軽の蜂
白雲下かじかを呑んで立てる人
夏の峰飛び行く切れた男根は
蝮草弟子は声あげ去り行くも (『句篇』Ⅱ)
絵馬の堂遊事はひとつ昼の虻 (『句篇』Ⅱ)
草野みな書物は上下篇とせや
秋の日や卍の手足の急ぐ笹原
左回りへ踊るばかりの葛生原
決して我に向かずよ春の鷺舞は
岩蔦這うきみ北面の神の座に
夏山河背負い行くべき黒枕 (『句篇』Ⅱ)
花鶏(あとり)来て空の車輪のすぐ回り
蟲焼くと方土に強風起りけり
崖に吊る籠や花鶏(あとり)のすぐ止まり
山風や会えば頓首のなるこゆり (『句篇』Ⅱ)
日輪近きぶどうの蔓の必至なれ (『句篇』Ⅱ)*7
麦穂波なす治療神殿遙かなる
二月ふもと脚ひいて来る治療神
月光や無熱の崖下に転ぶ我 (『句篇』Ⅱ)
野の鯉を叩きに管長歩み来し (『句篇』Ⅱ)
校門過ぐ乞食は身につけ香草 (『句篇』Ⅱ)*8
誰もいず晩菊の葉をてんぷらに
蓬をかぶり化物のふり夏休み
タンポポや広く死ぬるは雲の下
雲つきの兜を蹴ったり夏休み
楠木の胸から昇る日すぐ海へ (『句篇』Ⅱ)
冬の茨を越えんと有翼日輪は
戯れに石槽に寝て去る雁や
夏草道の占い返しがもとの家 (『句篇』Ⅱ)
北空赤し魂を引かんに糸道具 (『句篇』Ⅱ)
頭の上に集まる諸州の赤とんぼ
天地や鶏頭たらんと顚倒し (『句篇』Ⅱ)
某日、須磨海岸にて二句
天赤し耕衣に誘われ焼雀 (『句篇』Ⅱ)
別れぎわ白紙につつむ焼雀 (『句篇』Ⅱ)
二月はや桧山に神祇(かみ)の歩みそむ (『山毛欅林と創造』Ⅰ)
揚がる鯰よ菱形の池さようなら
伽藍堂の少年の春を奪えずに (『句篇』Ⅱ)
春神伏して山川浅き呼吸して (『句篇』Ⅱ)
木蓮の花も鳴き去る空空(くうくう)を (『句篇』Ⅱ)
あおむけに冬月を生み抱くべかり
抧殻庭の一瞬ひるみ梅雨となる
白神か薄の尾もて釣る山女(やまめ)
躍る白雲瓜にうつるは顔のわれ (『句篇』Ⅱ)
蟇を刺す聖句入りの杖なれや (『句篇』Ⅱ)*9
国原や死人(しびと)の口へいばらづる
中堂裏のほたるぶくろは鳴き花か (『句篇』Ⅱ)
赤腹は憩うや老いたる栗の木に
古聖句あつめて燃やす枯菊と
一位の樹燃やせばなんで暗き火ぞ (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
神の位を現わすように深雪鹿
囀りは鎮まるくるみの棍棒に
いばら濡らす乙女の腰から水は出て
花魁(おいらん)の昼の眠りに誘われき
千日草や飛び越し料もよからんよ
杖(じょう)をもて夏の打たれし岩がある
睡蓮の絵を賣る老人水ほとり
きびたきを女神の藪に潜らしめ
哲学の立ち話もまた菁莪(しゃが)の道 (『句篇』Ⅱ)
斎宮跡の女の草など触れ行くも
振りむかば金色坐像へ枯野波 (『句篇』Ⅱ)*10
枯野忌を棹のバランスとる歩み (『句篇』Ⅱ)*11
蓮を棄てなでしこを持つ寂光女
雨雲寄りに老睡蓮とも思われず
あまり友は来たらず夏原葬礼に (『句篇』Ⅱ)*12
杖をもて訪えば柘榴絵かく老女
墓参道をゆく没没の草苺 (『句篇』Ⅱ)
さえずりや古泉(みず)もまた欲望し
遊行没道のほとりの草牡丹
栃葉蔭には秘密を漏らす女いて
さようなら墨家の肩より雨つばめ (『句篇』Ⅱ)
巡礼去る謝辞を挿し入れ山百合に
牡鹿かがみ雨走り去る小判草
日向いに鷲を讃える神社あり (『句篇』Ⅱ)
天の塩や虻は昇りて鷹落ちき
秋みみず逃れる銅より木の鍬に
信女なら真鯛の海に浅くねて
稲妻や一本の草を消すために
苦しみの跳ね出てくるよ桜鬼 (『句篇』Ⅱ)
夏の門潜らんとせば鬼(しこ)の花 (『句篇』Ⅱ)*13
風立つや菩提樹下に飽きし人 (『句篇』Ⅱ)
冬白波鴨を見る君子の楽しみ (『句篇』Ⅱ)*14
歳月のみな菓子処に至る秋風 (『句篇』Ⅱ)
蟲原行くすこし赤布(ぎれ)突き出しに
黄睡蓮や等しく見える遠つ方
水上に出て神網に鰆跳ね (『句篇』Ⅱ)
鼓鳴って野の乞食椀くつがえる
吹かれおる鷹が無熱の山上よ (『句篇』Ⅱ)
腹ばいの天竺あそび赤とんぼ
まず鎌でひげ文字を刈る麦の秋 (『句篇』Ⅱ)*15
忌垣にはたはたふる空怖れんや
山菫四月の鬼来てささやける
枯葎はらわた熱しと叫びけり (『句篇』Ⅱ)*16
折る前の無執の虎杖ぐさならん
花蔭の諸鳥は孔雀へ来たらずに
河蓮まず燕を食べて気を吐くも (『句篇』Ⅱ)
まず肺腑平らにしてや日鷲飛ぶ
祖父は憩う枕よ牛の頭蓋骨 (『句篇』Ⅱ)*17
夏草みな塔は三重(え)でよからんに (『句篇』Ⅱ)
二足門の極楽あざみそのままに (『句篇』Ⅱ)*18
笹に残すや三四寸の鮎のゆめ
花蔭に干だらを握れり滑稽者(しゃ)
春鯉食うて雲のごとくに嘔吐して (『句篇』Ⅱ)*19
昼螢ともるや某女の籠の中
青絵皿とかげ二匹の抱き合わせ
素十忌の眼(まなこ)に毒のある雉子よ
鹿苑の骨は掃かれて秋の風
風の中姓(な)を隠しては一八の草
白鶴の遙かな雌雄は交まない (『句篇』Ⅱ)
芹の花かの飛ぶ蟹を識るべかり
兄泣いて柘榴の花を辞退して (『句篇』Ⅱ)
棒頭に椿を二月の峰に入る
春神のはや名を隠す草がある
蔦根爆ぜて白雲岩(はくうんがん)の開かれし (『句篇』Ⅱ)
柞(ははそ)のみが雷に打たれて死なざるも
砂浅く古剣をついばむ浜雀 (『句篇』Ⅱ)
黒とんぼ過ぎ行くははや別の水
野雀しばし耕衣師雑句を追跡す
ふるさとや昼から酔うて観海の父 (『句篇』Ⅱ)
赤頬もてみなすれちがう漆園 (『句篇』Ⅱ)
行雲や深山すみれに破の曲を (『句篇』Ⅱ)
竹林にはや煙(けむ)出せる女児の箱 (『句篇』Ⅱ)
踊子草は古(ふる)原のはて崩れけり
氷室北山故人ばかりが歩みおる (『句篇』Ⅱ)
古四王神社噛むに難きは乾鰒(くしあわび) (『句篇』Ⅱ)
夏藤や空堂虻語の響くのみ
青あらし浅蜊は上陸しつつあり (『句篇』Ⅱ)
寿量品抱いて入らん夏野穴 (『句篇』Ⅱ)*20
倭文(しずり)切る剃刀具みな新しく
雲へ蹴る海扇なれや帆立貝 (『句篇』Ⅱ)
海(うな)柵のはまにんじんを噛みて棄つ
青野いま歩みこし汝が眼の波や (『句篇』Ⅱ)*21
赤とんぼ見返り婦人の晩年なる (『句篇』Ⅱ)
鵙の下巡礼は鈴を耳に詰む
日雀(ひがら)来て野くぼに石の家族ども
行く雲へ鮴(ごり)を返せと水の人
叡山かたばみ鐘ただようは海の上 (『句篇』Ⅱ)
さえずりや高む翁のままにして (『句篇』Ⅱ)
風に生れて辻の旗振り人となれ
鯖や皿や放る翁をいかにすも
寒空仰ぎ煮鯉の目をのむ孕女は
筑波根草その道に詩を損ぜしか
春の懸崖鳥の泪を盃に (『句篇』Ⅰ-乳頭山より-)
鬼やんま神州ますぐに入るのみ (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
日の下の柘榴は猿(ましら)側に落つ
けさ信女の白地に書を損じけり
首涸れの古池を抱き春疾風
春浄土おみなの足ゆびみな愚か
酒の翁と行く荒磯の鯛は高し (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
悼・摂津幸彦
丘に柏を植えて下さい幸彦死
後日、君を偲ぶ二句
虚空に故幸彦が満つ車輪梅
車輪梅か故幸彦が起ち上がる
酒少し振れば真鯛の浮かぶ海
もう会うことなしに晩夏錦鯛
一本の糸吐く鯛を怖れる晩春
中尊は遠し遠しと鶯鳴くも (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
秋沢かぜに山椒魚の逆襲ぞ
地に酒あり鯰を食らい過ぎるなよ
地の裂けに姥百合没しゆくけむり
手首低く肱のみ高し枯蓮池 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
大山風や四足の魚を供えける
竹林やいなだを食えば狂い止み
大春の山の尾に立つ神もあれ
頭の上に木葉蝶であるもよい
跳ぶ貘の御正体を見て泣くも
春沖や背びれを持てる島二つ
岩隙の愚魚挟み出し焼くや春
諸雲行くに石靴をはき動かぬ人
蓮芽ほどの突起に春水分流し
行く先にいくつ小我の手毬花 (『山毛欅林と創造』Ⅰ)*22
梅雨の森見よ猿の火は衰えき (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
火ぼし落つ汝が魂の成りゆきに
小屋蔭に他霊は立てりさるすべり
一本の芙蓉を植えて田家成る
左転して地上の青鳩みな海へ
父祖を忘れて遊女と叫ぶ河渚
耳底も明るくなれり紫雲英原
鐘鳴って摘むや時食のたびらこを (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
焼髪のけむりも残れる春大地 (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)
古池や遊母去りまた浅くなる (『句篇』Ⅲ-夏への旅-)*23
*1 定稿では「大山毛欅」→「巨山毛欅」に改稿
*2 定稿では「華鬘草を洗いし泉」→「華鬘草洗いし泉の」に改稿
*3 定稿では「からたち垣や」→「空木(うつぎ)かげに」に改稿
*4 定稿では「少し」→「すこし」に改稿
*5 定稿では「女」→「童女」に改稿
*6 定稿では「花椿」→「玉椿」に改稿
*7 定稿では「日輪近き」→「真日近き」に改稿
*8 定稿では「香草」→「香草(かおりぐさ)」に改稿
*9 定稿では「蟇を刺す」→「山蟇刺せる」、「杖なれや」→「杖をもて」に改稿
*10 定稿では「振りむかば」→「振りむけば」に改稿
*11 定稿では「枯野忌を棹の」→「枯野忌の棹を」に改稿
*12 定稿では「友は」→「友等」に改稿
*13 定稿では「夏の門」→「夏山門」、「潜らんとせば」→「潜らんとすに」に改稿
*14 定稿では「冬白波」→「冬白波に」、「楽しみ」→「娯しみ」に改稿
*15 定稿では「麦の秋」→「草の秋」に改稿
*16 定稿では「はらわた」→「腸(はらわた)」に改稿
*17 定稿では「祖父は憩う枕よ牛の頭蓋骨」→「祖父やすらう枕が野牛(のうし)の頭蓋骨」に改稿
*18 定稿では「あざみ」→「あざみを」に改稿
*19 定稿では「春鯉」→「海鞘(ほや)」に改稿
*20 定稿では「入らん」→「生れる」、「夏野穴」→「青野穴」に改稿
*21 定稿では「歩みこし」→「歩み来し」に改稿
*22 定稿では「行く先に」→「往く道の」に改稿
*23 定稿では「浅くなる」→「深くなる」に改稿
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■