一.ビリー・ジョエル

きっかけはブラッド・メルドーだった。ちょっと集中したいな、という時には彼の静かなアルバムを小さな音量で流すことが多い。バッハの作品を取り上げ、そこから触発され産み出された自作曲を織り交ぜたアルバム『アフター・バッハ』(’18)と共に、全曲ピアノソロの『Suite: April 2020』(’20)はそんな場面でお世話になる頼もしい一枚だ。タイトルが示す通りコロナ期に作成された、彼曰く「音楽的なスナップショット」。初めて聴いたのはウィルス騒ぎが収まった後だったが、気持ちのざわつきを解きほぐしてくれることはすぐに理解できた。アルバムの終盤には聴き覚えのある旋律が耳に引っ掛かる。それはビリー・ジョエルの「ニューヨークの想い」。これがしっかりと内側に響いた。彼と違ってニューヨーク出身でもないし、この歌が注釈ナシのストレートな讃歌だと知っているにもかかわらず、だ。それから数日、久々に彼のアルバムと向き合ってみた。そう、久々に。実は初めて観た洋楽アーティストのコンサートは彼の横浜公演で、高揚した気分のままダサいデザインのキャップを買ってしまったのは十代の甘酸っぱい思い出。でも、速くて騒がしい音楽に心を奪われて以降あまり熱心に聴くことがないまま数十年。気付けば「積読」ならぬ「積聴」状態のアルバムもちらほら。大ヒット盤『ストレンジャー』(’77)の「30周年記念盤」の目玉、未発表ライブ音源もそのひとつ。これがまた良かった。特に一曲目の「マイアミ2017」。崩壊したニューヨークの惨状を孫に語って聞かせるというSF的設定、そして気恥ずかしいほどドラマティックなアレンジが記憶以上のサムシングを与えてくれた。想定外の引っ掛かりに感謝しつつ、テレビではイラン爆撃のニュース。いやはや。
久々に横浜、というか野毛で呑んだ。桜木町の駅を出たら迷わず階段を降りる。行き先は車券も馬券も買える複合施設「ぴおシティ」の地下二階。このフロアは飲食店街、というか呑み屋街。軽く一杯いただいてから地上へ舞い戻り、まだ人影まばらな小路をフラフラ。懐かしさを感じつつ、気になる店々の安否確認を。公式発表がなければSNSをあたるが、老舗の個人経営だとそれもなかなか難しい。気になっていた店「Y」もそんなお店。親世代のママさんは本格的に絵を描く。天井に届きそうな大きいキャンバスが置かれていたこともあった。苦労話も湿っぽくならない独特の語り口をまた聞きたかったけど、外観から察するに閉業の可能性が高そう。今度再訪した際はまた通りかからねば。その後は伊勢佐木町を通過して阪東橋まで。商店街の雑多な雰囲気にテンションは上昇気味。脇道にも味わい深い店が多数あるので、ウネウネと時間をかけて通過する形に。途中立ち寄ったのは初入店の立ち飲み「M」。席側は狭め/カウンター内は広めのゴチャっとした雰囲気を満喫していると、「ハイどうぞ」と供された焼き鳥が失礼ながら意外にも大当たり。目の前で串に刺す「刺したて」式ということもあり視覚的にも満腹。久々の街で新発見いたしました。
【 Miami 2017 / Billy Joel 】
二. ディック・リー

都内へ戻る際に少しだけ飲み足りなく、駄々っ子のように横浜駅付近をフラフラと。微妙な時間帯だったが、無事立ち飲み「Y」に初入店。此方は時間差で酒&肴どちらにもハッピーアワー設定の親切設計。酒の時間帯でも懐に優しい肴アリ。寛いでいると、どうやらフロアの女の子が初日。マゴマゴしながらも溌剌とした初々しさに、店内の諸先輩がたもほんわかムード。無論私も御多分に漏れず、緩やかな気持ちで一杯追加。
シンガポールの音楽家、ディック・リーを知ったのはカロリーメイトのCMソングだった「wo wo ni ni」(’89)。その後も彼の名は度々見聞きしたし、紅白歌合戦にも出演していた。当時はまだ「ワールドミュージック」「エスニック音楽」といった無邪気で無神経な呼称がまかり通っていて、非西洋圏の音楽に初めて触れた私も違和感なくそう呼んでいた。彼自身、日本に来てシンガポールに対する理解の浅さや、自国がアジア地域であることへの関心の低さにギャップを覚えたという。あれから数十年。シンガポールのナショナルデー(独立記念日)の映像で久々に彼を見た。鮮やかな色の衣装で歌い踊る彼は相変わらず軽やかだった。
【 Wo Wo Ni Ni / Dick Lee 】
三.ユニコーン

アルバム単位での解説や批評は、時代/時期が限定されるからこそ面白く興味深い。スティーリー・ダン、スティービー・ワンダーなど洋楽では経験あるが、邦楽ではあんまり。先日読んだのは、兵庫慎司『ユニコーン「服部」ザ・インサイド・ストーリー』(’19)。お題はユニコーンの出世作『服部』(’89)。世代はドンピシャ、時代はバンドブーム。久々に聴き直して再確認したことは、異形。ストレートなフォーマットの楽曲が本当に少ない。アイデアまみれだ。そして資料を傍らにして理解したことは、贅沢。一世代上の音楽家が「レコード会社(などの大人たち)がバンドを育てる」という意味がよく理解できた。無論、贅沢だから良くなるわけでは全くないが、良い時代であることに間違いはない。このメンバー全員作詞or作曲の異形のアルバムが聴きやすく、受け入れられやすい要因は、やはり旋律の美しさ。様々なアイデアに変形を強いられても、そこは崩れない。アルバム3枚目にして初(!)のシングル曲「大迷惑」は本作収録。彼らの代表曲となる。
久々に何かをして良いことがある、というのはやはり稀有だと思う。単に御無沙汰、不義理なわけですから。たとえば先日、長く通っている高円寺の立飲み「K」へ行った時のこと。いつからか何も言わなくて赤星をドスンと置いてくれるのだけど、その日のドスンは黒ホッピー。店の構造上、他の客の可能性もあり手つかずで様子見していると、気付いた店主が「あ!」と苦笑い。いや、悪いのは私。確かにここ最近、顔を出していなかった。いつもの、が通じる幸せを噛みしめつつ飲んだ久々の黒ホッピー。味は少々苦かった。
【大迷惑 / ユニコーン】
寅間心閑
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