一.UB40

ワイン、と聞いてあまり華やかなものを連想しないのはきっと呑み方のせい。普段使いといえば聞こえはいいが、安いものに氷を落として炭酸水を足して……と、いつも家では好き勝手にアレンジしている。ハレとケで分けるなら、完全にケ。無論昔からという訳ではなく、学生の頃はハレの酒。何となく洒落てるから、という理由でイザという時に行くワインバーもあった。新宿アルタ裏の地下の店。でも不思議。確認がてら検索したけど殆ど何も出てこない。まさか狐七化け狸八化け、と慌てつつ、ようやく出てきた情報には「ワイン居酒屋」とある。バーではなく居酒屋。ずいぶん庶民的な響きだが、まあ確かにBGMはずっとビートルズ(多分有線)だったし、店主のノリもグイグイだったし、と記憶は徐々に復元されていく。御多分に漏れず、昔のことは美化しがち。
そうそう、ブドウ栽培とワイン醸造の発祥地、山梨・勝沼のワイナリーに出かけたこともある。目的は知的好奇心を満たす為、ではなくワインの呑み放題プラン。しかも何度でも出入り可能の至れり尽くせり。まあ百以上の銘柄があるので、然もありなん。全種類制覇しちまうか、と身内のような仲間内数人で電車に揺られ昼前に到着。帰りは半数以上が駅のベンチでグロッキー。腰は立たず頭は痛い。アレは本当にきつかった。稀に美化されない記憶もあるということで……。
プレスリーの名曲「好きにならずにいられない」のカバー(’93)の影響か、ポップ色の強いレゲエ・バンドと思われがちなUB40だが、その名前を直訳すると「失業手当40号様式」、つまりジョブセンター(≒ハローワーク)で失業手当をもらう際にサインする申請書のこと。結成当時、メンバー全員が持っていたのでバンド名に。特にデビュー盤『サイニング・オフ』(’80)から3枚目『UB44』(’82)までは、黒人青年の冤罪事件、アパルトヘイトを黙認する自国批判など問題意識に溢れている。ちなみにUB44は、ジョブセンターでサインする日をサボると送られてくる警告状のこと。彼らのことを思いだしたのは、もちろんヒット曲「レッド・レッド・ワイン」(’83)のおかげ。全英1位に輝いたこの曲は五年後にビルボード(全米)でも1位に。ネルソン・マンデラの誕生日を祝うイベントでの演奏が再ヒットのきっかけというのも、然もありなん。
【 Red Red Wine / UB40 】
二.吾妻光良&ザ・スゥインギン・バッパーズ

天井が高い大箱、そこを一周ぐるりの大型カウンターと、抜群のルックスだった渋谷の老舗立ち飲み「F」が店を閉め、その後また再開して数年経った。今も時折り訪れるが、やはり回数は減っている。条件は様々あるが強引にまとめれば、状況の変化。それではさすがに不明瞭か。では、と大見出しを付けるなら「加齢」、小見出しは……諸々。無論、今の店も良い店なのは間違いない。そんな折、初めて訪れたのが浜町にある系列店。此方は立ち飲みのグリルバーで、メニューには牛、仔羊、鴨、鹿の肉料理に始まり、ちょっと贅沢な逸品が並ぶ。こういう時はやっぱりワイン。白、赤もいいけど、まずは泡。年に何度か訪れる、いつもはケのものがハレに変化する瞬間。やはりコレよ、とすっかり満足モードに切り替わりつつ、周りを見渡すと客層は案外若い。彼、彼女らにとって、この酒や料理がハレかケかは知る由もないが、ちょっと贅沢できる店を知っているのは素晴らしい。若いなら尚更。実はかなりラッキーなんだぞ、と舌鼓を打ちつつ呟いてみる。え? ただの負け惜しみ? 何をか言わんや。
音楽でも飲食でも趣味が変わるということはあまりなく、好きなものは好きなまま、時間の経過と共に好きなものが増えていくだけ。贅沢といえば聞こえはいいが、だらしないといえば確かにそうかも。十代の頃から好きなバンド、ミュージシャンも今や還暦前後。その内容はさておき、ちゃんと活動しているだけで嬉しかったりもする。質を保ちながら、というのは正直なところ難しい。一握り、というか一つまみ。たとえば日本が誇るブルース・バンド、吾妻光良&ザ・スゥインギン・バッパーズ。みなさん初老の「初」の字も取れてしまったが、本当に素晴らしい音楽をずっと奏でっぱなし。こういうバンドに出会えるなんて、実はかなりラッキーなんだぞ、と胸を張りつつ呟いてみる。え? ただの自慢話? 何をか言わんや。
【打ち上げで待ってるぜ/吾妻光良 & The Swinging Boppers 】
三.「ロシュフォールの恋人たち」OST

売っているものは厳選されたチーズとワイン、店内で飲む時は切りたての生ハムが美味。そんなシンプルな店、大岡山の「H」に入ったのは、ヒューガルデンの生があるから、という通常運行の理由。このご時世、780円はリーズナブル。素晴らしい。小ぶりな店内なので定員は四、五名。立飲みスペースには先客がいたため、唯一の椅子席へ。この席が凄かった。角地の店の全面ガラスなので、感覚的には十字路にポツンと座っている感じ。当然行き交う人々と目は合うし、散歩中の犬も興味深げに寄ってくる。このガラス一枚がなければ立派な不審者だな、と思いながらワインにチェンジ。店主のオネエサンの丁寧な説明を参考にチーズもチョイス。時間的にガラスの向こうにはオレンジ色の夕焼けが広がり、遠い山の稜線がうっすらと浮かぶ。ロケーション最高。そして此方のお店には音楽がない。
結論からいえば無くて正解。外の喧騒が聞こえる訳でもないので、誰も喋らなければ無音。久々の静寂呑みに激しくテンションを上げつつ、考えていたのはBGMの最適解。案外早く出てしまった答えは、フランスのミュージカル映画『ロシュフォールの恋人たち』(‘67)のサントラ。個人的にはサントラ部門なら常時トップ争いに加わる捨て曲ナシ(!!)の名盤を、小さめの音量で流しておきたい。音楽担当は天才、ミシェル・ルグラン。彼の美しい旋律が詰まったこのアルバムはとても濃密なので、小ぢんまりとした店内では音量を小さめに。そう、過ぎたるは猶及ばざるが如し。
【 Chanson Des Jumelles (双子姉妹の歌) / from “Les Demoiselles de Rochefort” 】
寅間心閑
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