水野翼さんの文芸誌時評『No.028 「筒井康隆自作を語る」(S-F マガジン 2017年6月号)』をアップしましたぁ。水野さんは『日本におけるSFとは、戦後文学の状況から切れている、もしくは相対化している、という意味において思考実験的であり、SF=サイエンス・フィクションであったということだ。そして筒井康隆が今、戦後文学以降の「作家」として読まれ得るのはもちろんその「相対化」の姿勢からだろう』と批評しておられます。

 

日本の小説評価システムにおいてSFが低く評価されてきたのは事実です。筒井康隆、小松左京、夢枕獏といった作家は、SFファンタジー系小説を書いている間は評価されませんでした。日本の小説評価システムの軸は芥川賞と直木賞だったわけですが、直木賞はサスペンス大好きでSFはガン無視でした。もち直木賞系作家は元々本が売れているので大勢に影響ない。直木賞は売れっ子作家の勲章の一つに過ぎなかった。どーしても賞を欲しがるのは純文学系で、芥川賞が横並びの作家たちから抜け出す文壇的お墨付きとなり得たわけです。

 

特に純文学・芥川賞系の作品評価システムはこれからも残存するでしょうね。だけど少しずつ変わってゆくと思います。芥川賞で話題になるのは〝芥川賞が喚起する純文学幻想〟であって、必ずしも作品ではなくなっています。つまり受賞作は売れても、それ以降、本が売れ続ける可能性はとても低くなっている。いつまでも芥川賞作家をトレードマークにして生きていかなければならなくなる。それでは本末転倒です。

 

水野さんは『SFとは文明批判である、との定義は、文明が進化するものというテーゼを相対化するものと言い換えることができて、つまりは近代=モダンの相対化である。そう考えるとSFというものは本質的にポストモダンを内包している、ということだ』とも批評しておられます。筒井康隆が日本の文壇システムへの批判を含めて、日本文学の喉に刺さったトゲのような作家であることには理由があるでしょうね。

 

 

水野翼 専門文芸誌時評『No.028 「筒井康隆自作を語る」(S-F マガジン 2017年6月号)』 ■

 

 

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