大篠夏彦さんの文芸誌時評『文芸5誌』『No.103 文學界 2016年08月号』をアップしましたぁ。『異色短篇特集「怪」』を取り上げておられます。前に小説文芸誌ではあんまり特集をしないとか、小説掲載が中心なので特集はおざなりになりがちだとか書きましたが、文學界さんはちょいと違ふみたひです。積極的に特集を組んでおられます。それにしても『怪』ねぇ。『怪』って雑誌あったなぁ・・・。

 

 文學界のウリは、これもまあ誰が考えたって芥川賞である。もちろん芥川賞は文學界掲載作品だけが受賞するとは限らないが、それでも文學界を支えているのが芥川賞であることは揺るがない。芥川賞は一応は文壇の公器的純文学賞ということになっており、現実には文學界文藝春秋社に多少有利に働くようにはなっているが、十分公器としての役割を果たしていてそれは一般にも認知されている。芥川賞候補号とか、芥川賞準備号、もしかするとあなたも芥川賞がもらえるかもしれない特集号なら納得できるしもっと売れるだろう。純文学は芥川賞のお墨付きでももらわないと、なかなか売れなくなっているのである。文學界はそういった、志が高いのか低いのか今ではよくわからないけど、とにかく純文学にこだわる作家とその作家予備軍の中心雑誌である。

 ただこの時評でしばしば書いているが、文學界的純文学は通用しにくくなっている。もしくは文学界全体の潮流とズレ始めている。又吉直樹さんにはまったく責任がないが、『火花』の受賞で文學界=純文学の魔法が解け始めていると思う。また純文学作家の中にも、文學界的純文学と心中するのを実質的に嫌う作家が出始めているように思う。もちろんそれを軌道修正して純文学界に君臨してきたのが文學界と芥川賞である。そういった意味での変化の試金石として「異色短篇特集「怪」」があるならよくわかる。ちゃんと「怪」のお題に沿って面白い純文学作品を書いている作家もいるからである。

(大篠夏彦)

 

まー純文学業界が文學界さんと芥川賞中心に回っているのは確かです。理由も大篠さんが書いておられる通りですねぇ。ただまー石川も、文學界さん系私小説に首までどっぷり漬かり、それが文学だと思い込むのは作家にとってはちょいと危険かなぁと思います。作家の理想は書いて、発表して、それを本にするというルーティーンを確立することです。それはに最低部数本を売り上げる必要がある。以前なら小説はそこそこ売れましたが、今はもうそんな時代ぢゃない。まぢ厳しいです。その厳しさをはっきり認識した上で、作家のメリットになるやうな道筋をいっしょに作ってゆくのがメディアの役割だと思いますぅ。

 

 

大篠夏彦 文芸誌時評 『No.103 文學界 2016年08月号』 ■

 

 

第04金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項

第04回 金魚屋新人賞(辻原登小説奨励賞・文学金魚奨励賞共通)応募要項です。詳細は以下のイラストをクリックしてご確認ください。

第04回募集要項_cover_01

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■