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 天才、という言葉は分かったようで分からないものです。その一言で、とりあえず思考が停止してしまうような「危うさ」も感じます。だから私はスティーヴィー・ワンダー(以下、スティーヴィー)を天才として紹介するつもりはありません。彼には天才だった時期、「天才期」があり、しかもそれは二十代前半だった――。そう紹介したいと思います。

 

 スティーヴィーのデビューは十二歳。早熟、という評価はその音楽を聴いてこそのものです。年齢を考慮せずとも、本当に素晴らしい。以降、二十代前半の「天才期」に到るまでの作品は、プレイヤー、そしてシンガーとしての彼を堪能するには、十分すぎるほどの内容です。いったいそれ以上、何を望むのか? 普通の感覚ならそう思って然るべきでしょう。ただ彼は更なる高みを目指すのです。

 

 「僕が変わったら、何が起こるか見てみたかった」。そんな強い想いを抱き、スティーヴィーは二十一歳の誕生日に所属していたレーベルとの契約を解除します。やれるだけのことはやってしまっていた、という彼の言葉に誇張はありません。その結果、完成したアルバム『心の詩(Music of My Mind)』の作曲/アレンジ/演奏を、殆ど一人で担当した事実が何よりの証しでしょう。

 

 ちなみに、彼は黒人(アフロアメリカン)であり、生まれついてすぐに視力を失っています。彼が契約を解除した1971年当時、今よりも多くの困難が山積していたことは想像に難くありません。

 

 旧契約中の多額の報酬と自由を手に入れた彼は、『心の詩』を皮切りに、『トーキング・ブック(Talking Book)』、『インナーヴィジョンズ(Innervisions)』、『ファースト・フィナーレ(Fulfillingness’ First Finale)』と名作/傑作の呼び名が高いアルバムを発表し続けます。その間、わずか二年半。私は、この二十一歳から二十四歳の時期を彼の「天才期」と考えます。

 

 続く二枚組の『キー・オブ・ライフ(Songs in the Key of Life)』に関しては評価が分かれるところですが、これも天才期に含めようという意見に反論する気はありません。

 

 その時期の作品から今回取り上げるのは、1973年発表の『インナーヴィジョンズ』です。あれこれ迷いつつも本作を選んだ理由は「取っつきやすさ」でしょうか。

 

 さあ、とにかく聴いてみましょう。

 

 

1.有名すぎるから

 

 私が最初に触れたスティーヴィーの音楽は、80年代半ばの世界的なヒット曲である「心の愛( I Just Called to Say I Love You)」や「パートタイム・ラヴァー(Part-Time Lover)」でした。

 

 たいして洋楽に興味のない小学生に認知されるほど、有名/メジャーな存在だったスティーヴィー。ただ過度にメジャーな存在であるが故、その後十年以上、彼に興味を持つことはありませんでした。別に嫌いなわけではありません。それよりも厄介な無関心。あの大スターのスティーヴィーね、とちゃんと聴こうともせず知った気になっていたのです。ああ、愚かしい。

 

 そんな状況が一変するきっかけは、フリッパーズ・ギター解散後の小沢健二でした。ソロ活動を始めた彼の作品に、スティーヴィーの、しかも「天才期」の旋律が散りばめられているという事実を確認して以降、私は知った気になっていた大スター、スティーヴィーの音楽と初めて真剣に向き合い始めたのです。

 

 もっと早く聴いていればよかった、と後悔の念を抱いたのは、後にも先にもこの時だけ。自分の愚かしさが、つくづく恨めしかったことを覚えています。

 

 名前は知っているけど/聴いたことがない、という状態よりも更に重症な「有名すぎるから/聴く気にならない」病。もちろん人それぞれでしょうが、ストーンズ、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックス、最近であれば、ソニック・ユース、ビョーク、ベック等々。また、こうして列挙している時でさえ、忘れそうになる大御所ビートルズ……は言い過ぎとしても、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーのソロとなると、思い当たる方が多いような気もします。

 

 かくいう私も、ジョンこそ聴いていたものの、ポールに関してはオクテでした。自己弁護をするわけではありませんが、メッセージ性の強いキャラクターに興味を示しがち、という傾向は時代/性別/国籍を問わず普遍的な流れなのかもしれません。

 

 ポール・マッカートニーのソロ第一作『マッカートニー(McCartney)』は、妻リンダのハーモニー以外、彼の多重録音によるものです。発売は1970年。同じ頃「天才期」を目前に控え、本格的なソロ・レコーディングを開始していたスティーヴィーが、ビートルズの「恋を抱きしめよう(We Can Work It Out)」をカヴァーしているのは「たまたま」ではありません。またマッカートニーも「天才期」のスティーヴィーのアルバムに影響を受けたと話しています。

 

【Maybe I’m Amazed / Paul McCartney

 

 

 

2.独特な音色

 

 「天才期」の彼の音楽の特徴は、シンセサイザーの割合の大きさです。本作でも一曲目「Too High」のイントロからシンセベースの音が確認できますし、三曲目「Living for the City」の間奏部の印象的なフレーズや、四曲目「Golden Lady」の歌声を包むような音色は、正にシンセサイザーでしか成し得ないものです。そこにその他の楽器の音色が重なった結果、耳に届く音像はとても「独特」で、いったい何を奏でているのか判断しづらい音色もあります。

 

 1971年に発表された、二人のエンジニア――ロバート・マゴーレフとマルコム・セシル――によるユニット、トントズ・エクスパンディング・ヘッド・バンドのアルバム『ゼロ・タイム( Zero Time)』。電子音楽だけで作られたその作品は、使用した楽器を見せてほしいとわざわざ直談判するほど、スティーヴィーを魅了しました。

 

 結局、二人はプロデューサーとして「天才期」のアルバムに全面的に参加します。乱暴に言い切ってしまうと、あの時期のシンセサイザーの音色はマゴーレフとセシルに拠るものなのです。

 

 その音色がスティーヴィーの想像力を具現化した時の感触は、「鎖国」を連想させるほど過不足なく完成されていて、「個性的」という言葉では捉まえきれない高みまで跳ね上がる瞬間が、何度も出現するのです。

 

 鎖国、というと閉塞的な負のイメージで捉えられそうですが、そうではありません。鎖国により、歌舞伎/浄瑠璃/浮世絵など日本固有の文化が発展した、という史実を思い出して頂ければ幸いです。

 

【Timewhys / Tonto’s Expanding Head Band

 

 

3.多彩さ/整合感

 

 本作を「取っつきやすい」と考える理由は、曲調の「多彩さ」と、アルバムとしての「整合感」です。一見矛盾する二つの要素を共存させている辺り、まさに「天才期」の面目躍如でしょう。

 

 ジャズ、ファンク、ブルース、バラード……と幅広い曲調を、決して散漫に響かせないのは、彼「独特」の音色が全楽曲に溢れているからです。もちろん「歌声」という大きな要素もありますが、それは次項にて。

 

 特に八曲目「Don’t You Worry ‘bout a Thing」では、サルサ、マンボといったラテン音楽のスタイルを「独特」の音色に浸すことで、いわゆる模倣とは一線を画した仕上がりになっています。

 

 ここで紹介するのは、その楽曲の「ラテンの王様」ティト・プエンテによるカヴァーです。言うなれば「逆輸入品」を本家が如何に調理するのか――。存分に堪能して頂ければと思います。

 

【Don’t You Worry ‘Bout A Thing / Tito Puente

 

 

4.歌声

 

 「天才期」以降の彼の音楽も、個人的には嫌いではありません。例えば小学生時分に触れた大ヒット曲は、「天才期」以降に発表されたものです。ただ、だからといって同列に並べることは勿論出来ません。そもそも比較すること自体が荒唐無稽な気もします。本作を含む「天才期」のアルバムから感じる衝撃は、出来不出来とは全く違う次元の話かもしれないのです。

 

 衝撃を感じないスティーヴィーの楽曲を、それでも楽しんで聴けるのは、ひとえに彼の歌声があるからです。誤解を恐れずに言えば、唯一歌声だけは「天才期」を髣髴とさせてくれるのです。

 

 彼の節回し――日本的に言えばコブシ――は、変幻自在かつ複雑な軌道を描き、優秀な体操選手のように決して着地を失敗しません。本作では七曲目「All in Love Is Fair」が、体感するには打って付けの楽曲です。

 

 元々しっとりとした旋律は、彼の節回しにより表情が豊かになり、伸びやかな声の微かな震えにより更に複雑な感情を訴えかけてきます。また細かなことですが、この曲で彼が多用する母音の「イ」を伸ばす歌い方は、人間が歯を食いしばった時の、痛みに耐えるような表情を想起させてもくれます。

 

 無論、三曲目「Living for the City」での告発するような力強い歌声や、八曲目「Don’t You Worry ‘bout a Thing」のイントロにおけるコミカルな語りなど、様々な局面に順応できることは言うまでもありません。

 

 スティーヴィー以外に思い浮かぶ「節回しが素晴らしいヴォーカリスト」は矢野顕子です。彼女の場合は「コブシ」と呼んだ方が的確かもしれません。

 

 最後は、彼女とレイ・ハラカミのユニットの楽曲を紹介いたします。レイ・ハラカミの奏でる音は「天才期」のスティーヴィー同様、「鎖国」を感じさせます。

 

 「独特」であることの素晴らしさを、どうぞ。

 

【恋は桃色/ yanokami

 

寅間心閑

 

 

 

 

■ スティーヴィー・ワンダーのアルバム ■

インナーヴィジョンズ スティーヴィー・ワンダー・グレイテスト・ヒッツ

 

■ ポール・マッカートニーとトントズ・エクスパンディング・ヘッド・バンドのアルバム ■

 

 

■ ティト・プエンテとレイ・ハラカミのアルバム ■

 

■ 予測できない天災に備えておきませうね ■