田山了一さんのTVドラマ批評『No.108 ちかえもん』をアップしましたぁ。NHKさんで木曜日夜8時から放送されている時代劇です。石川もたまたま一回だけ見ました。俳優さんの演技もセットやカメラワークも良いな~と思いました。ただ脚本の好みは分かれるでしょうねぇ。

 

田山さんは、『フィクションが装置であるのは一般的にそうだと言えるだろうが、そのことを隠そうとしないのが SF の特徴だ。ただ物語の進行中は、それがそこに現前するものとして受けとめられる。画像であれば、その部分に説得力を持たせるのは比較的容易ではある。(中略)そうであるなら、その裏をかくようなことをしたくなるものかもしれない。今の大河ドラマもそうで、大真面目に過去を演じている素振りなど、もはやしようとしない。現代の我々が何らかのコードにより、こういう過去めいた設定や衣装で何かしている、という意識を持っていることを繰り返しアピールする』と批評しておられます。

 

『ちかえもん』は時代劇としては荒唐無稽です。ただモヤモヤした感じが残ってしまうのは、結局のところ近松門左衛門といふ過去の偉大なリソースに頼り切りだからでせうね。このドラマから〝近松門左衛門リソース〟を引き算したら、あるいは完全に架空の人物を主人公に設定していたら、何が残るのかといふことでありまふ。現代劇に限りなく近づいてしまふでせうね。お遊びとしては楽しいのですが、こんだけお金をかけてやる価値のあるお遊びなのかなぁ、といふ気がちょいとします。

 

テレビドラマ批評に限りませんが、文学金魚の批評はけっこう厳しめです。創作者なら誰だって自分の作品を誉めてほしい、できれば社会の一線で活躍したいと願っていることは石川も重々承知しております。それが創作の原動力にもなると思います。ただ今の時代、先が読めない、つまり業界人であっても何が当たるかわかならい不透明な時代ですから、成功するには大きく言って2つの道があります。

 

一つは業界人になること。どんな小さな仕事でも引き受けて実績を積み、〝使える人〟として仕事を受注することです。もう一つは不透明な時代の先を見通して、優れた作品を書くことです。もちろんそれには結果が伴わなければなりません。どちらを選ぼうとも、現代を生きている限り、同じ売れてる作家として扱われます。またどちらの道も苦難の連続です。どの道を選ぼうとも、自己と他者の作品に何が不足していたのか、あるいは過剰だったのかを考える批評意識は必要です。

 

 

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田山了一 TVドラマ批評 『No.108 ちかえもん』 ■