鶴山裕司さんの連載歴史小説『好色』(第03回)をアップしましたぁ。真志屋の由来が説き明かされ、主人公・お千と真志屋の使用人・新七の秘めた関係が描かれます。

 

 「お前、まだ嫁をもらうのは早いって言ったじゃないか」

 お千の声も低かった。新七はさらに額を畳に擦りつけた。「誠に、誠に申し訳ございません」と震える声で繰り返した。

 「申し訳ないだけじゃ、何もわからないよ」

 そう言うとお千はつっと身体をずらして新七の真ん前に座った。

 土下座し続ける新七に、「顔をお上げよ」とお千は命じた。新七の顔が青白かった。緊張のせいで普段より目を大きく見開いていた。まるで猛獣に食べられる間際の小動物みたいだとお千は思った。お千は新七の目を見ながら、着物の合わせ目から新七の股間に手を差し入れた。「お上さん、いけません」と言って、新七が恐ろしいほど強い力でお千の細い手首を握った。お千は目の前が暗くなるほどの怒りにとらわれた。

 「お前、卑怯だよ」

 お千は夜の闇が真っ黒に凝縮されたかのような低く強い声で言い放った。お千の身体が火照っていた。新七の青白い顔に比べ、自分の顔は鬼のように赤く染まり、禍々しい光りを放っているように感じた。

 

緊張感たっぷりですが、あっさり男女の交合が描かれています。これも鶴山さんが考える歴小説的文体でしょうね。全体的におさえたトーンで書かれていますが、こういった書き方で男女交合を描く方が、歴史小説ではリアリティが増すように思います。

 

よーく知られているように、世阿弥は『秘すれば花なり、秘せずは花なかるべし』と『風姿花伝』に書きました。漠然と曰く言い難い秘儀があると言っているように思われていますが、そうではありません。世阿弥は『秘儀など種明かししてしまえば、なーんだということが多い。言葉で伝えるのは難しくても、言葉で表現せざるを得ないんだなぁ。秘密だと言われると、あんたがた、考えるでしょ。それが大事なのよ。言葉で意味してることの本質を捉えるために秘儀があるわけね』と書いているのであります。

 

世阿弥はまた、表現者は一生変化し続けてゆかなければならないとも書いています。秘儀とは要するに作家の〝可能性〟です。作家は『またかぁ、代わり映えしないな。進歩も変化もないよ』と思われてしまったら終わりです。ある種の謎、尽きない創作の源泉を秘儀のように抱えている作家が良い作家なのです。鶴山さんは詩や小説で新しいことにチャレンジしておられます。面白い作家さんでありまふ。

 

 

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鶴山裕司 連載歴史小説『好色』(第03回) テキスト版 ■