今月1日にアップした『金魚詩壇 討議&インタビュー No.006 安井浩司 永田耕衣を語る』関連コンテンツです。鶴山裕司さんの『No.003 安井浩司〈前衛俳句論〉(上編)』をアップしました。安井浩司さんが平成二年(一九九〇年)に発表した評論『放物線の行方』を元に、前衛俳句運動を中心に据えた『近・現代俳句史にも関わる総括的なレジュメ』を行っておられます。上編では主に高柳重信について論じておられます。

 

 重信は俳句定型の微修正(モディファイ)では飽きたらず、明らかに形態が異なる多行俳句形式を定型に対峙させた。新たな俳句形式を創出することで俳句の生成構造を一から生き直し、それを我が物にしようとしたのである。その意味で重信の俳句形式と俳句定型は構造的に相似である。しかしこの試みの先には俳句の故郷が立ち現れるはずである。俳句定型と俳句形式が等価なものとなれば、もはやそれは一体化して良い。・・・重信の俳句形式は究極のところで俳句定型の思想と一致している。

 

と、鶴山裕司さんは批評しておられます。鶴山さんは近・現代文学の要である自我意識(いわゆる近代的自我意識)を中心に据えて、俳句文学の独自性を論証しておられます。中編以降は加藤郁乎論になります。じっくりお楽しみください。

 

 

【安井浩司 永田耕衣インタビュー関連論考】『No.003 安井浩司〈前衛俳句論〉(上編)』 ■