稲川淳二師匠の怪談

テレビバラエティ批評_052_01

 

 

 ここ数年、夏になると寝る前に稲川淳二師匠の怪談を聞くのが習慣になっている。稲川さんのお顔は子供の頃からテレビで拝見しているが、〝霊界の語り部〟になって怪談話をなさるようになったのは比較的最近のことだ。四十代頃の稲川さんは脂ぎった感じのお顔で、それがなんとも言えない切迫感があって良かったのだが、最近では年を重ねてだいぶ枯れてきた。それがまたいい。怪談話は遅くても江戸後期には確立されていて、落語家や講談師たちが人々を楽しませてきた。稲川さんは落語家でも講談師でもないのだが、怪談の話術に関しては昔ながらの語り部たちを凌ぐだろう。現代の怪談話の〝師匠〟である。

 

 ちなみに僕は、まったくと言っていいほど霊感がない。お化けを見たこともなければ、金縛りにあったこともない。ただ昔からホラー好きである。きっかけは大学生の時に見た映画『エクソシスト』(ウイリアム・フリードキン監督、一九七三年公開)だと思う。ショッキングな映画で確かに怖かったのだが、一番魅力を感じたのはその様式美だった。

 

 映画では少女に取り憑いた悪魔を除霊するために、主人公のカラス神父がその土地の大司教に悪魔払い(エクソシスト)の許可を願い出る。常識では割り切れない不可思議な事件に対処するために、神父たちが淡々と現世の厳密な手続きを踏んでゆく姿がたまらなく素敵だったのだ。ちょっとだけカトリックに改宗しようかと思った。なんの脈絡もなく幽霊が出てくる映画もいいが、やっぱりホラーはある程度理詰めの方が怖い。物語が現世のシステムに立脚していればいるほど、怪異が起こった時の衝撃度が増すのである。

 

 で、稲川淳二師匠の怪談だが、その怖さの特徴は圧倒的な視覚にある。もちろん師匠は座布団や椅子に座って語るだけなのだが、頭の中に浮かんだ映像を言語化しておられる。師匠の怪談話を聞く(見る)のはDVDが一番だが、YouTubeでも師匠が出演したテレビ番組などが公開されている。それらをランダムに聞いていると、同じ話でも微妙に語り口や細部が異なっている。しかし切迫感は変わらない。師匠は落語家や講談師のように、文字になった怪談物語を覚えて披露するのではなく、頭の中に映像としてストックされた話をその都度言語化し、現在形で〝今見た通りの情景〟を語っておられるのだ。だから怖い。

 

 寛宝三年の四月十一日、まだ東京を江戸と申しました頃、湯島天神の社にて聖徳太子の御祭礼を致しまして、その時大層参詣の人が出て群集雑沓を極めました。こゝに本郷三丁目に藤村屋新兵衞という刀屋がございまして、その店先には良い代物(しろもの)(なら)べてある所を、通りかゝりました一人のお侍は、年の頃二十一二とも覚しく、色あくまでも白く、眉毛(ひい)で、目元きりゝっとして少し癇癪持と見え、鬢の毛をぐうっと吊り上げて結わせ、立派なお羽織に結構なお袴を着け、雪駄を穿いて前に立ち、背後(うしろ)に浅葱の法被(はっぴ)梵天帯(ぼんてんおび)を締め、真鍮巻(しんちゅうまき)の木刀を差したる中間(ちゅうげん)が附添い、此の藤新(ふじしん)の店先へ立寄って腰を掛け、列べてある刀を眺めて。

 侍「亭主や、其処の黒糸だか紺糸だか知れんが、あの黒い色の刀柄(つか)に南蛮鉄の鍔が附いた刀は誠に善さそうな品だな、ちょっとお見せ」

(三遊亭圓朝『怪談牡丹灯籠』)

 

 明治の名人と謳われた三遊亭圓朝の創作落語『怪談牡丹灯籠』の冒頭である。圓朝の落語は当時ヨーロッパから移入されたばかりの速記技術によって記録された。それが新聞連載され、次いで速記本として出版されて人気を博したのである。文字で読んでも感受できると思うが、圓朝の噺はとても視覚的である。圓朝は頭の中に浮かんだイメージを言葉に直していったのではなかろうか。圓朝は一時期、幕末の浮世絵師、歌川国芳の弟子でもあった。『怪談牡丹灯籠』を文字で覚えて高座で披露するか、イメージ(絵)として記憶に刻みつけて口述してゆくかでは、聞く人の印象は大きく変わるだろう。圓朝の『怪談牡丹灯籠』を忠実に覚えても、その本質は把握できないだろうと思う。

 

 言文一致に就いての意見、と、そんな大した研究はまだしてないから、寧ろ一つ懺悔話をしよう。それは、自分が初めて言文一致を書いた由來――も凄まじいが、つまり、文章が書けないから始まつたといふ一伍一什(いちぶしじふ)の顛末さ。

 もう何年ばかりになるか知らん、余程前のことだ。何か一つ書いて見たいとは思つたが、元來の文章下手で皆目方角が分らぬ。そこで、坪内先生の許へ行つて、何うしたらよからうかと話して見ると、君は圓朝の落語を知つてゐよう、あの圓朝の落語通りに書いて見たら何うかといふ。

(二葉亭四迷『余が言文一致の由来』)

 

 日本で初めて言文一致体小説『浮雲』を書いた二葉亭四迷の回想である。よく知られているように、二葉亭は圓朝の落語の速記本を言文一致体の参考にした。もちろん圓朝の速記本だけで言文一致体が確立されたわけではなく、いわゆる小説の地の部分と会話の部分をどう処理するかなど、様々な問題に二葉亭は直面することになった。しかし二葉亭が圓朝速記本の現在形と視覚性に大きな刺激を受けたのは確かだろう。現代の物語(小説)を書こうとした二葉亭が、内容的には古めかしい圓朝の怪談に刺激を受けたのはちょっと妙だが、現代文学のベースは現在形と視覚性にあるという直観が働いたのだと言っても良い。

 

 怪談には二つの側面がある。一つは根源的な要素である。生と死は人間にとっての最大重要事である。乱暴に言えば死への恐怖が数々の怪談を生み出してきたわけだが、その起源は人間存在の誕生とほぼ同時だと言っていいほど古いだろう。しかしそれは常に現在形の興味であり問題でもある。だから怪談は、いつも今ここで起こっているように語られなければならない。その古さと新鮮さのバランスの取り方が、怪談の語り手の優劣を決める。圓朝や稲川師匠が、今見ているように怪談を語っているのは偶然ではないのである。

 

 また怪談は、わたしたちの意識と無意識界の狭間から生まれてくる。いつの時代でも現実は厳しく、超常現象などが入り込む余地はない。〝幽霊より人間の方が怖い〟というのは真理である。しかしわたしたちは、がんじがらめで融通の利かない現実界の背後に、無限の可能性を秘めた無意識界=想像界を抱えている。そこから生まれてくるイメージが現実を変えることもしばしばある。科学的な発明にしたところで、その最初のアイディアの多くは無意識界=想像界から生まれてきたものだろう。もちろん小説も無意識界=想像界の産物である。

 

 なぜ怖いのに怪談を聞きたがるのかという理由は人それぞれだと思うが、僕の場合は一定方向に固着しがちな現実認識をかき乱されたいのである。怪談は荒唐無稽であってはいけないし、かといって完全に理詰めで説明できるようではつまらない。稲川師匠はときおり「これは怪談と呼んでいいのかわからないのですが」と前置きして、人情噺や尻切れトンボの怪異譚をお話しされる。それがいいのである。謎は人間が作り出すものでもある。現実に即した息苦しい物語であっても、それが極点に達すると一種の怪異譚に転じる。怪談も現代小説も、人間存在の闇を想像=創造することで成り立っている。

田山了一

 

 

 

 

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