大野ロベルトさんの連載エセー『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.005 私だけの言葉』をアップしましたぁ。ほとんど翻訳不可能な外国語の言葉について書いておられます。大野さんの説明では『このようなものは取りも直さず「袋小路の言葉」でもある。それは呼びかけてもなかなか答えてくれないし、よそ者になつく気配を見せない。大通りに連れ出すにはそれなりの努力が必要になる』といふことです。

 

外国人と付き合ってみると、人間似たようなものだなぁと思ふこともあるし、わかり合えない部分ってあるんだなぁと痛感することもあります。それは言葉も同じですね。メジャーな物や感情は、必ずと言っていいほど双方に当てはまる言葉がありますが、マイナーな物やニュアンスの感情になると、ある言語独特の単語や表現があります。共通点が多いのか相違点が多いのかは、人によって意見が分かれるでせうね。

 

ただま、地球上に一つの言語しかなく、一つの宗教、民族しかなくなってしまうと、恐らく人類は急速に衰滅するでせうね。現代は情報化時代で世界が均一化し始めていますが、意図的に差異を見出すこと、作り上げる努力が必要なのかもしれません。大野さんは『静寂は、豈図らんや、言葉で満たされている』と書いておられます。意識も無意識も言葉でできている(言葉でしか捉えられない)以上、母国語の中においてすら、外国語的な差異は存在するでせうね。

 

 

大野ロベルト 連載エセー 『オルフェの鏡-翻訳と反訳のあいだ』『No.005 私だけの言葉』 ■