田山了一さんのTVドラマ批評『No.078 その男、意識高い系。』をアップしましたぁ。NHK BSさんで火曜日夜11時15分から放送されているコメディタッチのビジネスドラマです。ドラマの意図は「意識高い系」といふ言葉に表れているわけで、番組HPで脚本家の安達奈緒子さんが、「『意識高い系』とは・・・言葉で飾り立てた自分像ばかり素晴らしくて、実際はまったく未熟。でも・・・物心ついたときから情報発信ツールを持たされ、発言しなければ存在も認めてもらえない苛酷な戦場で育った・・・彼らは『有言』であるし、『実行』という未来を期待させてくれます」と書いておられます。

 

ただ「意識高い系」というネットスラングの寿命は、それほど長くはないでせうね。その意味で世相ドラマでありまふ。また「意識高い系」というスラングに揶揄するような響きがあるのは、少なくとも自分以外の他者の、実力も実績も伴わない「意識高い系」の危うさが透けて見えるといふことでせうね。田山さんは「つまり「自意識」の「自」が抜けているのだ。なぜ抜けるのかと言えば、それが自明のことだからに相違ない。ネットにおける意識とは、要は自分自身のことであり、ネット社会とはいわゆる社会性が当然に前提とされているものではないのだ。世界に渡る拡がりをみせていようと、それは画面の前の「自」の反映なのである」と批評しておられます。

 

でもネット時代において、自我意識の主張は確かに〝自明〟で当たり前で必要なことにすらなっています。情報は受容するだけでなく、発信するものだという流れは今後も変わることはないはずだからです。そうなると「意識高い系」と揶揄されるのは一つの勲章かもしれません。パソコンの画面の前で、あるいは画面の背後で高い意識を育んでいるのではもはやダメなのです。社会に出てそれを試さなければならない。その場合、必ずダメ出しがあり、葛藤が起こります。「意識高い系」と他者から見えること自体、社会で戦っている証左だと言えるのかもしれません。

 

 

田山了一 TVドラマ批評 『No.078 その男、意識高い系。』 ■