演劇評_No.009_01

 

 

【公演情報】

演目       『お染の七役』(おそめのななやく)

上演期間  2014年5月10日~21日

会場        国立劇場 大劇場

鑑賞日      5月20日 昼の部

            鶴屋南北

改訂・演出   渥美清太郎

出演

お染久松竹川小糸お六貞昌お光  河原崎國太郎

百姓庵崎の久作  藤川矢之輔

番頭善六  松涛喜八郎

鈴木弥忠太  松浦豊和

油屋多三郎船頭長吉  嵐芳三郎

山家屋清兵衛  武井茂

油屋太郎七女猿回しお鶴  山崎辰三郎

丁稚久太  本村祐樹

鬼門喜兵衛  嵐圭史

仲人佐四郎  中村梅之助 他

 

 

 伝統芸能の中で、観客の好みを最も意識して、劇場へ足を運んだ人を楽しませるためにあらゆる手を尽くすといわれるのは歌舞伎であり、その舞台は物理的に不可能だと思われることにも挑み、観る側に最高の娯楽を与えることを志す。この間国立劇場で観た前進座の公演『お染の七役』は正にその特徴を反映している作品だった。

 

 前進座は1931年創立の劇団で、80年間以上に及ぶ歴史の間に、歌舞伎、新劇、映画製作など、多彩な芸能活動を手がけた。『お染の七役』という歌舞伎演目はこの劇団にとって特別な作品である。元々江戸初期頃、大阪で起こったといわれる恋人たちの心中事件の伝説が人形浄瑠璃や歌舞伎の題材となり、やがて鶴屋南北によって江戸の物語に脚色され、『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』、通称『お染の七役』という歌舞伎演目になった。女形の魅力と早替わりの技を見どころとしたこの作品は、関西でも関東でもかなり人気を集めたが、明治時代に入り、東京の方では演じられなくなった。1934年、創立して3年ばかりの前進座が『お染の七役』を復活させた。前進座の創立メンバーであった渥美清太郎が原作を改訂し、内容をより分かりやすくしたため、五代目河原崎國太郎という女形の才能を活かしながら、『お染の七役』は注目を集めた。その後、坂東玉三郎や中村福助などを主演として、大歌舞伎の方でも演じられるようになった。

 

 この作品の見どころは早替わりの技である、つまり一人の役者がすばやく扮装を変えて七役を演じる。主演の役者が複数の登場人物の性格を身につけて、次から次へと役を変えるのだ。『お染の七役』は早替わりの芸の最高の境地を見せるために作られた作品だと言っても過言ではない。

 

 内容としては、あらゆる世話物によくある物語だ。油屋の娘お染と店の丁稚久松は恋人たちで、恋を叶えられない事情のなかで心中を決心する。久松は実は侍の家の生まれなので、失われた家宝の短刀を見つけられたら、侍の名を取り戻せる。この二つの要素を中心に、複雑に相関する大勢の人物を登場させながら、物語は三幕八場で展開する。その中で、主演の役者は、お染と久松、久松の許嫁だが失恋で狂ってしまったお光、お染の義理の母貞昌、久松の姉で奥女中竹川、芸者の小糸、そして元々竹川の召し使いであった土手のお六の計七役を演じている。

 

 柳島妙見の境内が舞台となる第一場から、お参りする人々の中でお染、久松、竹川と小糸が姿を現し、四役早替わりをする役者が観客の歓声を浴びる。座敷で展開する第二場でも、襖の後ろに消えたお染姿の役者が、三秒も経たないうちに違う方向から小糸、また竹川の役として現われると、観客席には毎回驚きと感心に溢れた雰囲気が漂う。その最高潮は疑いなく大切りの最後の場面で、これから心中するために隅田川のほとりで待ち合わせをしたお染と久松が同時に現われる場である。久しぶりに再会した恋人達、つまり男と女をいったいどうやって同時に演じられるのかといえば、早替わりは観客の目の前で行われるのだ。観客は瞬きをするうちに、役者は傘のような小道具を使って、扮装を変える。まるで錯覚現象を目の当たりにするかのようだ。

 

 歌舞伎ファンのような話し方をしてみると、今回七役をつとめた河原崎國太郎氏は、特にお染とお六の演じ分けに長けていた。油屋のお染と土手のお六は正反対の性格を持つ登場人物で、お染の優しさとお六の荒っぽさ、つまり理想的な美と写実的な演技を求める地芸を上手に演じこなす芸の素晴らしさを見せた。

 

 演劇には色々な演技法があり、役者はどうやって役になりきれるのかについて論じられている。そこで演技論に限らず、精神分析などの研究を活かしながら、演劇人たちは戯曲に登場する人物の内面を探り、現実的で自然な演技を追求することが多い。しかし役を演じることに関して、歌舞伎にはその全ての演劇理論に逆らう何かが潜んでいるようだ。芝居の中で、最初から最後まで一つの役に執着して、徹底的にその人物になりきるというより、歌舞伎の登場人物は軽くて柔軟な構造を持っており、役者が一つの役から次の役へと容易に滑り込むことができるようにできている。重々しい雰囲気に落ちない役作りにこそ歌舞伎独特の魅力があるといえる。

 

 その魅力に惹かれた観客は、伝説の人魚たちの歌声に魅せられた人のように、後戻りすることがない。一生歌舞伎を愛し、一つの演目を違う配役で何回観ても飽きない。早替わりの芸を披露する『お染の七役』のような演目に挑む役者それぞれに得意趣向がある。その芸の間の細かい違いを見抜くことが、歌舞伎の観客にしか味わえない楽しみであろう。

ラモーナ ツァラヌ

 

 

 

 

 

 

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