一.ブラッド・メルドー
カバー曲は手引きみたいなところがある。アルバムのタイトルどころか、演者の名前も知らない所謂「得体知れず」の音楽と向き合う時など、カバー曲がひとつあればそれだけでラッキー。何となく輪郭や距離感が想像しやすくなり、自分の座る位置、いや座り方が決まったりもする。
経験上、いくつかのパターンがあって、一番シンプルかつラッキーなのは「良い曲だなあ、と思ったらカバー」系。例えばザ・ジャムの「Stoned Out Of My Mind」(’82)。邦題「愛のしもべ」(!)。後期も後期、ラストシングルのカップリングなので、ホーンから始まっても驚かなかったが実はカバー。原曲はシカゴ・ソウルを代表するヴォーカル・グループ、チャイ・ライツ。この曲のおかげで、ずいぶん早く出会うことができた。本当、ラッキー。また当然原曲を既に知っているパターンもあり、その場合はアレンジの仕方、つまり調理法に感心させられる。ここ数年でインパクトがあったのはシンガーソングライター、二階堂和美の「真夏の果実」(’07)=ミニアルバム『ハミング・スイッチ』収録。もちろん原曲はサザン・オールスターズ。ただでさえ本家に寄せたくなる楽曲だし、味付けが難しそうな素材だが大胆かつ繊細に調理。今では原曲を追い越して思い出す。最後は既に演者について、ある程度知っているケース。この場合は未知のルーツに感心したり、新たな側面に興奮したり、と距離が縮まりがち。例えばバウハウスの「テレグラム・サム」(’80)=デビュー盤『暗闇の天使』収録。原曲はTレックス。意外な素材と極上の調理法に、いたく感心したことを覚えている。
ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーはこの最後のパターン。全編一発録りのアルバム『ラーゴ』(’02)を聴いていた時のことだった。積極的に吹聴する訳ではないが、いまだにジャズに対してはオクテというかお客様意識があり、どこか構えてしまう。それはサッチモやマイルスのような巨人より、今を生きる同世代のプレイヤーに対して顕著。昭和四十年代生まれのメルドーは正にドンピシャで、その時も友達のトモダチに初めて会った時の緊張感を抱いていた。ただ雪解けは突然訪れる。五曲目の冒頭、耳に注がれる馴染みのある旋律。レディオヘッドじゃないか--。前情報ナシで向き合った分そのラッキーは効果抜群、しかもその後ビートルズが、そしてジョビンまで聴こえてきて雪解けどころか雪崩発生。あっという間に友達のトモダチから、友達になることができた。
不義理とまではいかなくとも、暫くご無沙汰していた店に訪れるのはワクワクとドキドキが混じり合う。先日久々に赴いたのは新橋の立飲み「K」。豊富な日本酒と気の利いた肴を、リーズナブルにいただける此方はその日も大賑わい。うまいことカウンターの隅に立つと、女将さんから嬉しいご挨拶。覚えていただいていたのは予想外。ご無沙汰しちゃって、と下げた頭を戻し、ふと黒板のお品書きを見ると「十二周年記念」の文字。なんとお祝いの酒は百円也。ラッキーと微笑みつつ即オーダー。
【 Paranoid Android / Brad Mehldau 】
二.駒沢裕城
呑み屋でのラッキーといえば、もうひとつ。常時満員の人気店に入れた、というタイプがある。元々混雑店は避けがちなので、滅多に発生しない類のラッキーだが、先週久々に現れた。店は東高円寺の焼き鳥屋「K」。付け加えれば此方も久々。足が向かなかった訳ではなく、行っても既に並んでいるので、そっとスルーすることが多い。先日はちょうどカウンターの角が空いていたのでスルリと。此方、串はもちろん一品物も安くて美味い。唯一の難点は品数が多いところ。毎回オーダーがなかなか決まらない。そんな贅沢な悩みを肴に、まずは皮、やげん、レバーを一本ずつ。
アルバムに参加したゲスト・ミュージシャンを追い、素晴らしい音楽にたどり着くラッキーもある。ペダル・スティール・ギターの名手、駒沢裕城のキャリアは「元はちみつぱい」という所属先より、はっぴいえんど『風街ろまん』(’71)、荒井由実『ひこうき雲』(‘73)、矢沢永吉『ゴールドラッシュ』(‘78)など、参加した多くの名盤を示す方が伝わるかもしれない。その独特の音色を「健康的なメロトロン」と評した酔漢がいたが、当たらずとも遠からず。多重録音によって紡がれたソロデビュー盤『フェリース』(’91)には、まだ知られざる可能性を秘めたペダル・スティールの魅力が詰まっている。
【風の散歩 / 駒沢裕城】
三.エディ・パルミエリ
常時満員の人気店に「初訪問」という条件を加えると、入店できたラッキーの意味合いは少し変わってくる。先日初めて訪れたのは、中野にある創業六十余年の居酒屋「D」。父親が生前「少し値は張るけど良い店だから」と薦めていた有名店。昼過ぎのオープンを一時間過ぎた頃だったが、丁度ラスト一席のタイミング。密かに喜びつつ大瓶をオーダー。常連客と店員のやり取りが既に心地よく、ビールを飲む前から次に来るのはいつにしようかと考えていた。肝心の価格の方は強がるわけではないけど無問題。お通し無料で明朗会計。調理に勤しむ白衣姿の若店員を見ながら、ほんの少しだけ父親のことを考えた。
最後はアンラッキーな話をひとつ。数年前、来日したニューヨーク・サルサの鬼才、エディ・パルミエリのライヴに行った。行きの道中にて、前日の公演にはタモリが飛び入りしたというニュースをキャッチ。そう、彼は大のサルサ好き、「日本ラテン化計画名誉会長」だ。肝心のステージは、当時七十七歳のエディのプレイが予想以上にスリリングで大満足だったが、頭の片隅にタモリがチラついていたのも事実。結局何も起こらなかったことを含め、芥子粒ほどのアンラッキー。
【 Cobarde / Eddie Palmieri 】
寅間心閑
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