一.ドナルド・フェイゲン
近頃円安・物価高のニュースばかりだが、「モノの値段」については昔から少々疎い。もちろん興味のないモノについては誰しも疎いので、信号機や一円玉やボウリングのピンの価格が、クイズ番組で取り上げられるのだけど。ここ数年、事あるごとに「高っ」と感じ、うっかり声にして「結構前からそれくらいするけど」と呆れられるのが、コンサート/ライヴのチケット代。元々あまり足を運ぶ方ではなく、最近は年に一、二回程度なので、感覚が昔のまま。夏フェスなどのイベント系、海外アーティストの来日公演は言うに及ばず、それより驚くのは国内勢のフツーのチケット。感覚的には想定の倍額。何度驚いても、なかなかアップデートされない。呑み代は店によりけりなので、また別問題。最近は「角打ち」を謳いつつ、サービスや価格的に「立飲み屋」と変わらない店も多い。無論、良し/悪しとは別問題。個人的な好みは愛想なしのクールな角打ち。ビギナーの頃に訪れた登戸の角打ちには「ひとり五分まで」と貼られていて、伸びた背筋に電流が走った。無礼や内輪ノリとは別種のクールなら大歓迎。
早朝から呑ませる店には何とも言えぬ期待感がある。言い換えれば、クールな事柄/現場に遭遇するのでは、という野次駄馬根性。アルコールメインではない定食屋や牛丼屋も良いけれど、やはり早朝の立ち飲み屋、居酒屋には独特のムードがある。
先日訪れたのは亀戸の居酒屋「A」。店の冠に「昼呑」と掲げているがオープンは午前七時。久々の亀戸、寄りたい店は沢山あるけど、どう考えても時間が余る。熟考の末、十時台に入店。「昼呑」と書かれた赤提灯を横目に扉を開けると、平日だからか貸切状態。オネエサンに一人だと告げカウンターへ。まずはビールで胃を苛めつつメニューを眺めていると、女性客二名が来店。初めてのようだったが、オネエサンの明るい接客ですぐ和やかな雰囲気に。退店するまでそのムードは続き、気付けば談笑しながらレモンサワーにチェンジ。クールとはほぼ真逆ながら、心地良いひと時を堪能した。やはりこれって歳のせいかしらん、と少々複雑な心持ち。いつまでも若ぶっちゃられんばい、と故郷の方角から聞こえたような……。それはさておき特記事項は、オネエサンに味の加減を気にしていただいたレモンサワー。予想以上にキレ味強く、非常に美味。
未聴のアルバムは全て新譜。そう考えているので、リリースのタイミングは気にせずトライする。ただ聴いた後で発売した時期、というか何歳の時の作品かを知りたくなるケースは多い。例えばウォルター・ベッカーの死により、スティーリー・ダンが自身のソロユニットとなったドナルド・フェイゲン。彼名義の四枚目『サンケン・コンドズ』(‘12)は前作から六年ぶりのリリースだった。このアルバムの二曲目「I’m Not the Same Without You」は、彼のソロキャリア中、一番好きな曲。アルバム全体に流れる小気味よさ、そしてシンプルな骨格をギュッと凝縮したクールなシングル曲。何歳だったんだろう、と大した苦労なくスマホでググると……当時六十四歳(!!)。あんたまだまだ若造ばい、と今度は確実に故郷からの声。
【 I’m Not the Same Without You / Donald Fagen 】
二.ガンガ・ズンバ
外国人旅行者の増加は、繁華な街を歩けばすぐに実感できる。個人的な感覚では、渋谷より新宿の方が増加率高めかと。先日、百人町で呑もうと新宿からテクテク。すれ違い、また追い抜いていく外国人トラベラーたちに紛れて徒歩十五分。目当ての居酒屋「K」は大きめぐるりのカウンターが格好いい。角に陣取りまずはビール。オーダーを受けてくれたのも、それを作ってくれるのも外国人。場所柄だなとポテサラを食べていると、隣に座るのも外国人男性。多分トラベラー、多分三十代。ハイ、と差し出されたのは英文メニュー。思わず横目で盗み見る。意外と早く決まった様子だけれど、繁盛していてなかなか頼めない。手伝おうかな、と腰を浮かした瞬間、ようやくオーダー成功。聞けば「すいませ?ん」と声張り上げて店員さんを呼ぶ国は、案外少ないのだとか。
MPBやボサノヴァなどブラジルの音楽に興味を持つきっかけは、ザ・ブームの『極東サンバ』(‘94) だった。フロントマン、宮沢和史の企みが未知の音楽と混ざり合う、極私的人生の名盤。十数年後に始動した彼の新バンドが、ガンガ・ズンバ。人種・性別混合の錚々たるメンツが奏でるのはラテンフレーバー強めの楽曲。かの『極東サンバ』が進化/深化した充実の音像、そしてアイデアに脳味噌と腰は揺れっぱなし。活動期間四年弱はあまりにも短かった。
【 mambolero / GANGA ZUMBA 】
https://youtu.be/VhIaYmoNZgM?si=aJBJLeaBXeozHjGU
三.オホス・デ・ブルッホ
スペイン出身の多人数バンド、オホス・デ・ブルッホを初めて聴いた時の衝撃は忘れない。この手があったか、という感じ。フラメンコとヒップホップの融合、と文字にすれば呆気ないが、それ以外のスパイスがインド音楽、エレクトロニカ等々幅広く、その闇鍋感は爽快というより痛快。ワールドミュージック、という陳腐な呼び名に思いがけず説得力を持たせてしまう。今回ご覧いただくのは、ライヴ盤『テチャリ・ライヴ』(‘07) に収録されたボブ・マーリーのカバー。既知の曲の方がダイレクトに伝わるはず。
繁華な街は、そもそも元々外国人トラベラー率が高い。上野アメ横界隈もそのひとつ。とりわけ家族連れの姿が目立つ。今日の目当ては立飲み「U」。通り沿いの立飲みなので、その雰囲気はとてもラフ。貼り紙には「大声 セクハラ 奢り奢られ 一発退場」の文字。買い物中の外国人旅行者の視線を感じつつ、ビールで喉を潤す。肴はモウカザメの心臓。禁断のレバ刺しを彷彿とさせる味。本当に懐かしい。此方のルールは三十分/二杯まで。なので回転も早い。二本目の小瓶を飲み終えたら、再び通りに出て人波に戻るだけ。
【 Get up Stand up / Ojos de Brujo 】
寅間心閑
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