一.フガジ
久々の旅。飛行機に乗るのは、宿を取るのは、旅程のプランで頭が一杯になるのは何年振りだろう。ウイルスのせいだけではないが、でもやっぱりなあ、と愚痴りたくもなる。まあ恨み言を吐いても仕方ない。ただチケットの予約など、諸々の手配が下手になっていたのは案外ショック。うまく言えないけれど、勘が働かない感じ。空港、駅、宿、寄りたい店。これらの距離感から予定を立てるのだけど、それが本当におぼつかない。そして実際に辿ってみると、予想以上にうまくいかない。鈍っているなあ、と落ち込むことは多かったが、伸びしろと思えばそれも贅沢。旅は疲れる、でも楽しい。それを再確認できたのは誠にラッキー。
数年振りに訪れる遠くの街。変わったところと、変わらないところ、どちらも感慨深いが、今回最も楽しみだったのは大阪の動物園前駅、いわゆる西成エリア。昔は此方の「大万」というホルモン屋にまず寄って呑み始めていた。切り盛りしているのはおばあちゃま。無論雰囲気抜群。30円という破格値のホルモン焼きを肴に呑めた店も今はなく、前評判どおり街全体の雰囲気は昔よりオープン。誤解を恐れず言えば、あまり緊張せずに歩き、覗き、並び、呑んでまた歩き出せる。今回最も印象深かったのは立ち飲み「H」。赤星大瓶が330円。正に圧倒的。しかも喧伝している風ではなく、短冊の位置は端っこ。固定観念をあまりにも軽々と飛び越えられたので、失礼を承知で退店時に尋ねてしまった。安すぎませんか、と。答えはシンプル。笑顔で「ハイ」。旅の疲れが一気に吹き飛んだ。
その昔、「フガジ」という呪文のような名前のハードコア・パンク枠のバンドが気になっていたが、実際に聴いたのは数年経ってから。今なら名前の由来がベトナム戦争下におけるアメリカ兵のスラングであることも、数秒で調べられるが当時はなかなか辿りつかない。限られたレコード代をやりくりする中、やはり呪文のような名前のバンドは後回しに。ただ振り返るとそれは大正解。ハードコア・パンク「枠」と理解していたが、正確には「ポスト・ハードコア」。とても雑にまとめると、あまり速くない。きっと慌てて聴いていたらガッカリしたはず。初めてのフガジは2枚のシングルの編集盤『13ソングス』(’89)。1曲目の「Waiting Room」のイントロからしっかり掴まれた。まずは音色が好み。アレンジも素晴らしい。そしてスピードの遅さゆえ、圧倒的に生々しく鳴り響く。
【 Waiting Room / Fugazi 】
二.ヒルビリー・バップス
京都はとても好きな街。好き、というか憧れというか。ただそこまで詳しくない。理由は単純。新しい場所より、好きな場所を訪れてしまうから。愚かしいけど仕方ない。人間だもの。だからという訳ではないが、今回は初めての店を多めにピックアップ。まあ旅スキルの低下により、うまくいかない瞬間も多かったが、素晴らしい店とも出会えた。西大路御池の角打ち『T』は創業八十余年の老舗。そのアットホームかつ開放的なムードに、入店直後から気持ちが華やぐ。まだ何も口にしていないのにウキウキと楽しい。料理は品数多く、どれも驚くほど安い。普段角打ちでは6Pチーズ齧ってしかめ面で呑み続けるが、此方ではアレもコレもとキョロキョロ忙しない。美味しい肴が豊かに揃う、そんな普遍的な幸福を味わい、素直にお客さんが羨ましいと思えた。こうして新しい店が好きな店になる。
ランドセル時代、チェッカーズやラッツ&スターの、オールディーズ色が強い曲が苦手だった。その後彼等のルーツ・ミュージックであるドゥーワップに触れ、その理由は自覚できた。ざっくり言えば旋律が明るすぎて物足りない。やはりサビ前にグッと溜めるBメロが欲しかった。それ以降は更なるルーツを知ったり、お気に入りを見つけることで距離感も変化するが、オールディーズ全般、特にロカビリーに対しても同様の苦手意識は長くあった。ただ今年、よく聴いていたのはヒルビリー・バップス。彼等は80年代後半にデビュー、アイドル的な人気を誇るも二年弱でヴォーカリストを喪うロカビリーバンド。シングル曲は当時も聴いていたが、今の響き方はまた違う。ロカビリー・マナーのアプローチは、ルーツ・ミュージックへの愛情とプライド。ウキウキと楽しく、そして羨ましい。
【微熱なキ・ブ・ン / ヒルビリー・バップス】
三.『バックコーラスの歌姫たち』
隣県で産まれた身として博多は馴染み深く、酒を呑み始めてから、更に身近に感じる街。立ち寄りたい店も多く、一口餃子の店「A」もそのひとつ。普段は博多駅近くの店舗に行くのだが、今回は諸々重なり時間的に微妙な感じ。半ば諦めかけていたが、タイミング良く春吉店の近くを通りかかったので入店。カウンターのみの小体な構えに、オネエサン二人。小さな餃子を作る華麗な手捌きに感心していると、年上のオネエサンがテレビで歌う二葉百合子に合わせて歌謡浪曲を口ずさむ。リラックス効果大のお手製BGMは絶品。次回も此方かなと思いつつ、これまた絶品の餃子を一口で。
さて、今年最後にご紹介したい曲は映画のサントラより。タイトルは『バックコーラスの歌姫たち』(’13)。原題は『20 Feet from Stardom』。この方が作品のテーマをよく表している。史実への興味深さはもちろん、良いことばかりではない歌姫たちのエピソード、それなのに素晴らしい歌声がじんわりと内側に積もっていく。そして最後に流れるのが、名盤『クリスマス・ギフト・フォー・ユー・フロム・フィル・スペクター』(’63)での名唱が印象的なダーレン・ラヴたちによる「リーン・オン・ミー」(’72)のカヴァー。オリジナルのビル・ウィザース版に較べ、ドラマチックなアレンジを施したこの曲にいつも泣かされてしまう。
来年は普通の天気でありますように。そして皆様にとって佳き一年でありますように。
【 Lean On Me / Darlene Love feat. Lisa Fischer, Jo Lawry & Judith Hill 】
寅間心閑
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