一.細野晴臣
さあ、ようやく寒くなってきた。今年は夏がハズレで秋は出番ナシ。もう冬です。すぐに大晦日で正月で節分だ。豆まかなきゃ――。とはいえ、慌てると貰いが少なくなるので要注意。予習より復習をしなければ。
前回お伝えしたように、保谷でなかなか縁のなかった店に入れた夜、もう一軒の店には入れなかった。いざリベンジ、なんて威勢はよくないけど数日後に再訪。するとまた別の良さそうなお店を発見。きっと地元民御用達な居酒屋「M」。こういう時は逆らわない。当初のプランなんてすぐ忘れちゃう。ひとりです、と告げつつ即入店。どうぞ、と示されたカウンターには地元の酔客。後ろの卓には家族連れ。奥には座敷もあって、仕事帰りの団体さんが吸い込まれていった。予想を上回る地元感。雰囲気最高。やきとん、やきとりと焼き物が充実。大瓶頼んでメニューを吟味。まずは、やきとんから。最初のオーダーはいつも変わらない。まずはタン、ナンコツ、チレ。店によってチレがないならレバー……のはずが、此方はナンコツが三種。「わっか」と「たたき」と「ノド」。響きだけでもう旨そう。こういう時は逆らわない。まずはそれを一本ずつ、タレで。
待っている間はメニューを眺めたり、トイレを借りたり、地元感を密かに楽しんだり、と結構忙しい。立ち飲み/角打ちでは、辛い顔して深刻ぶりながら呑みたいけど、こういう緩やかな店ではだらりと流れに身を任せるのが一番。店員さんたちのやり取りも味わい深く、しかも抜群のホスピタリティー。初めての店なので背筋はしゃんとしているけれど、内側はだらしなくリラックス。色々と面倒なので、家の近所では呑まない主義だけれど、こんなお店だったら分からない。
結果、串はどれも美味しく、早々に再訪を決めつつ一時間ほどでお会計。心持ち温かいのは、きっと色々とほぐれたから。
細野晴臣の所謂「トロピカル三部作」を聴いたのは、意外と早く中学生の頃。早くてノイジーで硬い音に夢中だった耳に、それは意外と心地よく響いた。「ちゃんこ鍋」×「ファンキー」で、チャンキーミュージックと呼ばれていた、なんてことは当然知らなかったが、初体験のノリであることは一発で理解。未発達な耳が感じたのはグルーヴィー、というよりコミカル。でもコミックソングとは確実に違って、別に笑わそうとはしていない。歌声はもちろん、演奏も飄々としていて、知らないツボを押されたような気持ちよさ。特に好きだったのは『トロピカル・ダンディー』(’75)。一曲目「チャタヌガ・チュー・チュー」のイントロから、もう気持ちいい。しばしば「色褪せない」と評されがちだが、そもそも変な色がついていないから褪せようがない。
【チャタヌガ・チュー・チュー / 細野晴臣】
二.ザ・クロマニヨンズ
やきとんのオーダー同様、変えないことは幾つかある。角打ちで何か食べるなら6Pチーズ。初めての立ち飲みではポテサラ。渋谷の立飲み「M」では、いつも決まった酒と決まった肴を決まった順番で頼む。オネエサンには名前よりも先に、頼む品と順番を覚えていただいた。理由はうまく言えないが、そのパターンにはまり込む快楽は在る。自分で決めたくせに、どこか巻き込まれるような感覚を密かにエンジョイ。ちなみに、大瓶→味ごのみ→冷酒→冷奴(ハーフサイズ)。ずっとこれ。
好きだった音楽を、嫌いになることはあまりない。その逆はよくあるけれど、経験上、一度好きになった音楽は何十年経っても好ましく、何ならその熱量も同じような気がする。たとえば、聴くと内側が熱くなる音楽は昔から変わらない。つまり年々増え続けている。最新版はストリート・スライダーズの、デビュー40周年(!)記念トリビュート盤『オン・ザ・ストリート・アゲイン』(’23)に収められたクロマニヨンズのナンバー。ヒロトがハリーの曲を歌うなんて、聴く前から期待値マックス。そしてそれを裏切らない、いや、軽やかに飛び越えてくれるのがとても頼もしい。
【 Boys Jump The Midnight / ザ・クロマニヨンズ】
三.高田渡
これからの季節、熱燗と一緒に楽しむおでんも初回のオーダーは変わらない。こんぶ、しらたき、はんぺん。即ち何処にでもあるベーシック系。そろそろ行かなきゃ、と思い浮かぶお店は三、四軒。どこもお気に入りで優劣つけがたいが、距離的に一番近いのは隣の駅の居酒屋「M」。此方は一年中おでんで一杯呑めるし、地元民御用達な店内は雰囲気抜群。密かに特等席と名付けているのは、入口に近いカウンター席。なんといっても、おでん鍋の真ん前、つまりバックネット裏。店内を覗いてそこが空いていると思わずフラフラと。もちろんベーシック系以外も充実のタネ揃い。小徳利でちびちび燗酒をいただきながら、のんびりと自分を甘やかす。
先日、特等席でいつものベーシック系を堪能していると、小上がりで寛ぐ四人客の会話が聞こえてきた。テーマは「値上げ」。野菜だとどれが高くて、頑張って安く売っているのはどこの店で、とタメになるトピック。此方のタネも庶民寄りの価格で100円~。おでんの湯気越しに、還暦はとうに過ぎているであろう大将の顔を見ながら思い出していたのは高田渡の「値上げ」。メジャーデビュー盤『ごあいさつ』(’73)に収録された二分に満たない小曲は、彼の代表曲「自衛隊に入ろう」(’69)と共に、一発で耳に残るインパクトとそれを包むキャッチーさがある。
ちなみに作詞は彼自身ではなく詩人の有馬敲による。有馬の作品は当時、岡林信康や高石ともやにも歌われていた。更に付け加えれば有馬は八十歳を越えても詩作を続け、昨年九十歳でなくなっている。
値上げをするか否かを、のらくらと行きつ戻りつする飄々とした歌詞のコミカルは、彼の歌声によって完成する。お店の雰囲気とお似合いだったこともあり、その晩はずっと脳内で再生されていた。
【値上げ / 高田渡】
寅間心閑
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