桃野雑派先生は第67回江戸川乱歩賞受賞作家様です。桃ノ雑派という名前でゲームシナリオライターとしてもご活躍です。雑派はフランク・ザッパから取ったペンネームだとか。小説家としてずっと活動なさるのかゲームシナリオライターのお仕事も続けてゆかれるのかはわかりませんが、「墓穴」を読むと優秀な作家様だということがよくわかります。
ちょっと言いにくいですが、世の中ってお金の儲かる所に優秀な人材が集まるのが常です。ほとんど絶対原則だと言ってもいいくらいですわ。今だとマンガ、アニメなどの映像ジャンルやゲームなどを含めたIT業界に優秀な人材が流れ込んでいます。これは仕方がない。もう文学プロパーなら優秀とは言えない時代です。むしろ文学の世界しか知らない人の方が世界が狭いかもしれません。それでは良い小説、面白い小説は書けませんわね。
確かにここ最近、オンラインサロンのトラブルがネットで話題になっていたのは知っている。けど、俺が売っているのは、あくまで情報だ。それをどう使うかは、買った人間次第だ。
そもそも飯の種ってのは、自分の人生の保障みたいなもんだ。それを他人から買おうとした時点で、お前らの人生は終わってるんだよ。思考が詰んでるんだよ。クソなんだよ。甘やかされて育つから、根性までハチミツまみれの生き方しかできないんだよ。一生泣き言言ってろ。
桃野雑派「墓穴」
「墓穴」前半部の主人公は投資家向けのオンラインサロンを主催している相田龍平です。ビジネスの世界で一番楽に儲かるのはセミナー商売です。元手がいらないんですね。ノウハウを売る。もちろんそのノウハウ習得にお金がかかっているという前提で買い手(受講者など)が付くわけですが、ぜんぜん裏付けがなくても上手くやれば情報は高値で売ることができる。
セミナー商売、無料から100万円単位のものまであります。無料の場合はたいてい企業のヒモ付き。投資商品を売るためのツールですね。高額セミナーの場合はある程度はアフターフォローしてくれることが多いです。が、セミナーで得たノウハウでビジネスを軌道に乗せられる人は一割程度でしょうね。
相田龍平はハッタリの投資セミナーサロンを開いています。「この世は、効率さえ良ければ、いくらでも楽に稼げるんだ。努力なんて馬鹿のやることだ。搾取されたくなきゃあ、する側になれ。それが俺のモットーだ」とある。これはまあ今の世の中では、大声では言えませんが一つの常識的処世術です。先に気がついた者勝ち。それを徹底した人がお金持ちになり、オピニオンリーダーなどの社会的名士になることもあります。
また投資セミナーに限らず上手く情報を集めてそれらしくYouTubeなどでプレゼンする人は星の数ほどいます。オンラインサロンで会員とお金を集めなくても、情報がしょぼくても、プレゼンターに魅力がありプレゼンが上手ければ広告収入でそれなりに稼げてしまう。
アテクシがよく見る投資家のYouTubeで、必ず予想が外れるというお方がいます。その方が上がると言えば下がり、ヤバイと言えば絶好調になるんですねぇ。じゃ非難囂々かというとそうでもありません。あの人が下がると言ってるんだから上がるね、で終わり。そしてYouTuberも反省したりすることもありません。予想が外れるYouTuberとして有名になってアクセス数が増えればいいわけですから。アクセス数が多ければYouTubeの広告収入、バカにならない額になります。楽して稼ぎたい人がYouTuberになりたがるのは当然ですわね。
「二つの殺人は、それぞれ別件です。警察も関連付けて考えたりしないでしょう。でも、死体が二つ同時に見つかれば、話は別です」
質問を予想していたのか、よどみなく、女性は答える。
「つまり、片方が裏切れば、二人共捕まる・・・・・・というわけです。それに、私がキャンプ場をチェックアウトしなかったら? 係の人が警察に連絡を入れて、周辺を捜索するかもしれませんよ。その時、埋めた跡がばれないといいですね。それとも、今から別の場所を探して、穴を掘り直すんですか?」
女の声に皮肉さはない。にもかかわらず、その言葉は突き刺さった。
言い返せずに、喉の奥で呻く。
細かい所にまで気が回ってなかったのは、女の指摘するとおりだ。
でもそれも、アリバイさえ存在すれば、関係なくなる。そのためには、この女と協力した方がいいわけか。確かにそれが一番効率的だ。
同
相田は自分のサロンの虚偽を暴くために訪ねて来た男と揉み合いになり、階段から突き落として死なせてしまいます。過失致死ですが、そんなこと、警察は信じてくれないだろうし何より自分の経歴に傷が付くことを恐れて死体を埋めることにします。山奥にまで運んで穴を掘るのですがそれを女に見られてしまう。相田は女も殺そうとするのですが女が奇妙と言えば奇妙な提案をする。実は女も人を殺して山奥に捨てに来たのだと言うのです。二人で協力して一つの穴に二つの死体を埋めればよい。アリバイは二人で申し合わせて作れば完璧。バレっこないと提案したのでした。相田は女の申し出に乗ります。
基本、これはパトリシア・ハイスミスの『見知らぬ乗客』以来の交換殺人のパターンです。ただそれではオリジナリティは生じません。どういう展開になるのかは実際にお作品をお読みいただければと思いますが、相田は女に騙されます。ま、楽して儲けようとした男に天罰が下ると言ってもいいのですが、そうでもありません。それがこの小説の面白いところです。
プロ意識が高く、仕事に誇りを持ち、学ぶことに貪欲で、女性としての美しさを忘れない、外見も内面も輝くキャリアウーマン。それが私の目指す、なりたい自分だ。
積み重ねたものが人生になる。人の成果をかすめ取ることしか考えない奴には、理解できないだろうけど。
同
お作品の後半の主人公(話者)は相田を騙した女に変わります。小説は一人称一視点か三人称一視点で書くのが基本ですが、登場人物の上位にテーマが設定されていれば主人公(話者)を変えることができます。ある出来事(テーマ)の回りを登場人物たちが回るイメージですね。中心のテーマを多面的に描こうとすれば話者がコロコロ変わってもいいわけです。
相田を騙した女もまたネット上で投資サロンを主催しています。「人の成果をかすめ取」っているのは女も相田も同じ。弱者(情弱と言ってもいいかな)の王になろうとしている。ただし相田が階段のない古ぼけたマンションに住んでいるのに対して女はタワマンに住んでいます。不確かな情報を売って稼いでいるのは同じですが女の方が相田よりも上手なんですね。
女は相田のことを「頭の回転がいいとは言えないのに、他人を見下しているのが言葉の端々から分かった。ルサンチマンをこじらせた人間の特徴だ。自分の準備不足を、コスパに優れた手法なんて思っている節もあった。こういう奴が、一番のカモになる」と考えます。また「本質を理解しない表面的なものまねは、とても危険だ」とも考える。相田と女は同類ですが女の方がちょっとだけ狡賢い。ただその狡さを「積み重ねたものが人生になる」。勝ち組の出来上がりです。
小説の世界には風俗壊乱小説とでも呼べる作品があります。露骨な性的記述がある小説を思い浮かべる人が多いのですがそれでは風俗壊乱小説としては不足です。風俗壊乱小説とは本質的反語です。徹底して社会の闇、人間心理の闇を描き切らなければなりません。善人が出てこない「墓穴」という小説はその可能性を秘めています。めでたしめでたしで終わるだけが大衆小説ではないのです。
佐藤知恵子
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