一.ポール・ウェラー
数年前、父方の田舎の家を取り壊すことになった。真っ先に浮かんだのは、もうあの場所に行くことはないんだな、ということ。頻繁に顔を出していた訳でもないくせに、フワフワと落ち着かない気持ちになった。数年前、父が隠居生活に入るため、四十年近く住んでいたマンションを引き払った時もそう。実家がなくなるってこんな感じなのか、とシミジミした。
当然そのエリアを訪れる機会は激減。交通手段だった電車に乗る機会も減る。増えるのは御無沙汰している店の数。中でも高田馬場界隈は気に掛かっていた。ようやく先日、夕方前に行ける段取りがついたので前日からワクワク。あの店この店と羊さながらに数えるうち、眠りこけていた。
義務教育時代、高田馬場は手頃な繁華街だった。学生街なので雑多かつ低価格。雑居ビル内の怪しいゲーセンで一回五十円の脱衣麻雀に興じ、輸入&中古専門のレコード屋で独特の匂いに便意を催し、芳林堂書店の入ったビルでトイレを拝借したついでに立ち読み。懐かしさよりも進歩のなさに苦笑しながら、最初の一杯はやきとん「M」。馬場に来たら必ず寄っちゃう。一時は週の半分くらい来ていたはず。開店時間が少し早まっていたのは、ウイルスの影響だろうか。個人的定番のナンコツ、チレ、キクを肴にチューハイ。大抵同じもの頼んで/大抵同じくらい支払って。やっぱり進歩ないな。
大御所ロッカーの年齢に「もうそんなに年寄りなのか」と驚くことは多い。その逆は稀。個人的にはポール・ウェラー一択。数年前、還暦を迎えるまでは「まだ五十代かよ」と驚いていた。デビューが十九歳だから、というより、ずっと一線にいるからこその驚き。彼は80年代?20年代という五つの年代で、それぞれアルバム全英一位を獲得している。最新アルバム『ファット・ポップ』(’21)も一位獲得。多作だし出たら必ず聴いちゃう。ジョーもルーもいない今、本当に頼もしい。
【 Fat Pop / Paul Weller 】
二.ライトニング・ボルト
早稲田方面へと足を伸ばしてみる。留学生も多く、タイ、ネパール、ベトナム、そしてミャンマーと各国料理の店が揃っているのも馬場の魅力。長らく通った立ち呑み屋「三代目 天久」も一時期、中国の学生さんを雇っていた。閉店して久しくそのままだったが、さっき覗いたら新店がオープン。こうして時は流れ行く。目当ての蕎麦屋を目指して歩いていると、ふと魅力的な文字が。「60分500円飲み放題」。迷うことなくそのまま韓国料理「M」に入店。鉄板焼きも出来るけど、まだまだ行く店があるので我慢。お通しのキムチとキャベツはお代わり可能。オーダーした辛ホルモン炒めは熱々で肴に最適。結局K-POPのMVを眺めながら、チューハイを五、六杯頂くことに。最近思うことは、どんな店でも楽しみ方はあまり変わらない。どうしてもこれ、という意味ではなく、その店で楽しめそうなラインを探して近付けていく感じ。なので合わないところとは合わない。此方はとても楽しめた。近々また寄ります。
結局聴きたい音楽はあまり変わらない。好きなコード進行、好きな音色、好きな歌声、好きなリズムパターン等々。幾つかある「好き」の要素が一つでも入っていると、もう一度聴きたいと思ってしまう。進歩ないな。でも面白いのは、どの「好き」からも外れているけれど、心と耳を持っていかれる音楽に触れた時。もちろんそれは新しい「好き」として追加される……ということは、やはり進歩ないかな。
最近聴いた中で面白かったのは、アメリカのノイズ・ロック・デュオ(!!)、ライトニング・ボルト。最初のきっかけは名前がイカしてるから。確かにノイジーだけれど、そんな音色を組み合わせた結果、音像としては端正に、誤解ウェルカムで言うなら童謡のようにシンプルになっているところが不思議。だから何度もトライしてしまう。
【 Snow White / Lightning Bolt 】
三.海援隊
お目当ての蕎麦屋「M」がまだ開けていなかったので、明治通りを越してブラブラと。このまま行けば穴八幡宮。家の壁にはよく「一陽来復」の御守りが貼ってあった。立ち寄ってみようかな、と考えたタイミングで通りかかったのは餃子酒場「T」。久々なので即前言撤回して店の中へ。ちっとも信心深くないけど、何のご利益かハッピーアワー中。浮かんだレモンの皮がインパクト抜群の檸檬フィズと、小振りな焼餃子を半額でいただきます。ええ、すぐにお代わりいたします。此方は元々福岡の人気店。母方の田舎である彼の地にも最近顔を出していないが、年老いた叔母のサポートをしている従姉妹とはよく電話で話す。毎度話しているとすぐ訛る。気をつけんばお代わりの時、訛りの出るかもしれんねえ。
方言の歌詞、しかもシリアスな曲といえば吉田拓郎「唇をかみしめて」(‘82)が思い浮かぶが、同時に見える映像は海援隊のフロントマン、武田鉄矢。そう、あれは彼が主演の映画『刑事物語』の主題歌だった。無論、海援隊にも方言ソングは結構あるが、訛りとしてピッタリ来るのは20枚目のシングル「こらえちゃっときない」(‘82)。「あんたが大将」(‘77)「JODAN JODAN」(‘79)のコミカル路線、「贈る言葉」(‘79)「人として」(‘80)の金八路線と、多彩な球種を操るバンドだが、この曲は骨太なブルース・ロック。クセの強いヴォーカル・スタイルと相性抜群。
【こらえちゃっときない / 海援隊】
寅間心閑
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