小説現代は講談社様発行の大衆小説誌でござーます。一月号、ということは新年号の巻頭は浅田次郎先生ね。きゃーっ!。ほんで浅田先生と並んで目次最初のページにどーんとお名前が出ているのが相沢沙呼先生の「泡沫の審判」。ぜーんぜんタイプが違うお作品ですけど、んなこと関係ねー、と並べちゃうのが小説現代様らしいわぁ。ラノベ系小説は人気があるのよね。
日傘を傾けてテープを潜ったのは、相変わらず惚れ惚れするほどに美しい娘だった。
明るい茶の髪はウェーブを描いて、計算して作られたような髪の合間から金のイヤリングを覗かせている。涼しげなワンピースの裾からは、長く白い脚がすらりと伸びて櫛笥の眼のやり場を困らせた。その彼女――城塚翡翠が、櫛笥の疑問に答えず笑う。
「櫛笥さん、真ちゃんって小学校の先生に見えます?」
翡翠が、視線で後ろの女性を指し示す。
無言で翡翠の後についてきたのは、千和崎真だった。長い黒髪をポニーテールにして、仏頂面で佇んでいる。パンツスーツ姿でジャケットこそ着ていなかったが、白いワイシャツに暗いブルーのネクタイを締めたユニセックスな装いで、こちらは刑事に見えなくもないだろう。あまり会話をしたことがないし、彼女が翡翠にとってどんな役回りをする人物なのかも櫛笥は知らない。にこりとも微笑まない女性だったが、どちらかといえば櫛笥は、翡翠よりもどことなくボーイッシュな雰囲気の真の方がタイプだった。
相沢沙呼「泡沫の審判」
ラノベで一番重要なのは魅力的な登場人物の設定でござーます。主人公はゴスロリっぽい城塚翡翠ね。翡翠という名前の通りの美少女です。帰国子女でガーリーな外見とは裏腹に頭が切れる。もちろん出自は特権的。千和崎真というボーイッシュな娘が謎めいた執事格として翡翠に付き従っています。翡翠は事件好きで、現実世界のルールを飛び越えて興味を持った事件に首を突っ込むことができる。事件現場にいるのが刑事の櫛笥青年です。
美少女にユニセックスな執事、若い刑事というトライアングルが物語の枠であり、この枠が最重要ですわ。美少女翡翠は全能で様々なトラブルを起こしながらそれを回収する能力を持っている。ユニセックス執事はガーリーな内面を秘めているはずでそれが連続モノ小説になれば活きてくる。若い刑事は男なのでいろんな場面で使えますわね。
こういったキッチリとした物語の土台は、主人公がガールでもボーイでも設定可能です。ただし思い切って特権的で、かつどこか抜けのある主人公でなければ魅力を発揮できませんわね。そして癖のあるサブ登場人物を複数設定しておかないとシリーズモノとしてもたない。シャーロックホームズなどなどの古典大衆小説でもお馴染みの小説構成方法ですが、それをできるかぎり緩くしたのがラノベかしらね。謎解きではなく登場人物を魅力的に活躍させるのが一番の目的になります。
簡単なようですがラノベ作家になるのは難しいのよねぇ。覚悟が必要ですわ。アテクシの知り合いにラノベ作家の卵さんがいらっしゃいますけど、ムツカシイ顔をした編集者に『女の子が可愛くない』という一言で数百枚のお作品をボツにされたとおっしゃってましたわ。じゃあどうすればいいのかと言えば、目の前の編集者が納得する作品を書く、ひたすら量産するのがラノベ作家の道だそうです。作品を発表させてもらえるまでボツにめげないで書きまくる。なぜなら何が売れるのか実は作家にも編集者にもよくわからないから、という面があるからだそうです。そして当たったら即シリーズ化して量産する。そういう能力を養うためにもボツは必要だそうです。打たれ強くないとラノベ作家にはなれませんわね。
今回翡翠が首を突っ込むのは小学校での元用務員・田草明夫使の事故死。翡翠は一瞬でそれが事故死ではなく殺人事件だと見抜きます。現場証言のわずかな手がかりから、教員の末崎絵里が犯人だと目星をつけるというか断定しています。犯人が女ですから翡翠の女性的魅力は通用しませんわね。キャリアウーマン的な女性ならむしろ翡翠のようなタイプの女性に反感を抱くこともあり得ます。こういった段差もラノベでは利用価値があります。
「真ちゃんだったら殺しますか」
むくりと翡翠が起きあがり、ソファの上で鳶座りになる。
背を向けた彼女の表情は、真には覗えない。
「まぁ、殺しはしないけれど」
「そうです。それだけは、だめです」
翡翠は静かにかぶりを振る。
「現状では、逮捕できたとしても不起訴になるでしょう。せめて解剖で他殺であることが確実になれば良かったんですが、頭部の損壊状態が悪く、事故死も否定しきれない。これは犯人にとって、幸運が巡っている犯罪です。どうにか、起訴にまで持ち込める証拠を見つけられれば良いのですけれど・・・・・・」
同
どんなことがあっても殺人だけはだめだという翡翠の言葉に彼女の秘密があるのかもしれません。その倫理性が彼女の強さにもなっているのでしょうね。一方で小学校用務員殺人事件では状況証拠はあるけど決定的物証がない。つまり翡翠は犯人と対峙して自白を引き出さねばならないということです。トリックよりも人間的対峙による事件解決ですね。
主人公の翡翠という女性は男におもねるというか、男の視線を意識してオシャレな格好をしているわけではありません。そうではないと造形されている。イマドキのジェンダー論には抵触するかもしれませんが、彼女はセーラームーンやプリキュアに憧れた少女時代そのままに大人になり、女の子でいることが心地よい。小説的にはそこに超人的能力が付加されるわけですがあくまで女の子ヒーローの枠内です。ゴスロリ的コスチュームには男社会に対する攻撃性が一切ない。翡翠の心を捉える男はいつか現れるでしょうが当面必要ないと言えそうです。美貌も知性もスーパーウーマン的ですが、男っ気のない女の子ヒーロー好き読者向けのお作品でござーますわ。
佐藤知恵子
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