今号は第66回角川俳句賞発表号。毎回応募者の年代をチェックするのだが、全六一九人(作)の応募者のうち、三桁に乗っているのは五十代、六十代、七十代だけ。この年代だけで応募者の約七〇パーセントを占める。俳句というのは年齢が上がってから始めるものなんだなぁとつくづく思う。この傾向はこれからもあまり変わらないかもしれない。ちょっと人間が枯れてこないと俳句は難しいからだ。
俳句の兄弟姉妹というか、親にあたる短歌は口語短歌全盛で一昔前に比べると若い創作者が爆発的に増えている。これは短歌が「わたしはこう思う、こう考える」を簡単に表現できるジャンルだからだ。短歌より七七短い俳句ではそうはいかない。十四文字は決定的な違いで、若者が抱きがちな強烈な自我意識が薄れてきた四十代、五十代以降でなければ花鳥風月的な描写にさらりと自我意識を表現するのは難しいだろう。
ただまあそんな作風ばかりでは面白くはない。生意気だろうと不細工だろうと若者には暴れまくってもらわなければ困るわけだ。しかし俳句ではそれも難しい。ちょっと知恵のある若者なら、「俺が、私が」を表現するための器として俳句を選ばないだろう。俳句という表現の本質をつかみ切っていないとしても、微かにでも感受していれば、俳句では短歌、自由詩、小説とは質の違う表現をしなければならないと気づくはずだ。
で、今回の応募者のうち十代はたった六人、十代は三三人である。全体の約五パーセントに過ぎない。しかし今回はその中から二十代前半の作家が選ばれた。これは期待できますね。
受賞者の岩田奎さんは平成十一年(一九九九年)生まれだから、今年でまだ二十二歳。ただし石田波郷新人賞、俳句協会新鋭評論賞をすでに受賞しておられる。実作と評論を両方手がけ、若くして頭角を現している作家だ。ただし角川俳句賞でも選考に際しては作家名を伏せているので、今回の受賞は実力本位の受賞だと言っていいだろう。その作風も独自である。
にはとりの骨煮たたする黄砂かな
国鉄のころよりの雛飾りけり
養花天咖喱にカツの衣散り
袋角朦朧と血の満ちてをり
炎帝や暗き柘榴の育ちつつ
昼の子のものの囲める夜学かな
雲を見るほかなく角の伐られけり
枯蟷螂車の上を映りつつ
インバネス土鳩ときどき白い鳩
岩田奎「赤い夢」角川俳句賞受賞作品
岩田さんの受賞作「赤い夢」五十句を読んで、正直「へー」と思った。失礼ながら角川俳句賞では珍しい方の部類の評価に当たるのではなかろうか。「にはとりの骨煮たたする黄砂かな」から始まる引用九句は、応募作の中ではそれほど優れた句ではない。俳句、特に角川俳句では意味がスッと通り、イメージ連鎖も無理がない句が評価されることが多い。しかしこれらはパッと読んで意味とイメージが通らない句が多い。にも関わらず評価された。角川俳句も変わりつつあるのかもしれない。
蝌蚪の紐かさなりて日を透かしをり
柳揺れ次の柳の見えにけり
苔生して滝の弱まるあたりかな
巻尺をもつて昼寝のひと跨ぐ
蚯蚓死すおのれの肉と交叉して
日に揺るる藤の実の裏おもてかな
葛引いて雨雲暮るる力あり
針供養誰もうすうす降られけり
夕日いま葱のうしろへかたむけり
降るもののけはひの中に葦枯るる
同
受賞作の中で最も優れた句はこれらだろう。実に微妙な風景というか、精神性を捉えている。奇矯な表現は一つもないのだが、ある種前衛的だ。「巻尺をもつて昼寝のひと跨ぐ」などはちょっと大岡頌司を思い出した。「蚯蚓死すおのれの肉と交叉して」は耕衣を思わせる。「受賞の言葉」で岩田さんは最愛の俳人は波多野爽波だと書いておられるので偶然だろうが、モノを描写してモノ以上の何事かを表現しようとする句である。
受賞の言葉で岩田さんは「散文的な認知に罅が入り、裂け目の奥に個物=世界そのものがざらざらと露出して本情を開示する瞬間をいかに掬いとるかが差当りの課題と感じている」と書いておられる。ちょいと切れ過ぎの自己読解だがその通りだろう。誉めすぎかもしれないが王道を行く俳句前衛を感じさせる。
銀閣のまへを吹かれて氷旗
トマト切るたちまち種の溢れけり
真円の函に夏帽子仕舞ひけり
ペン立てに鋏一挺雁渡る
冬空のざらついてゐるラジオかな
大壺の底に花殻冬座敷
青い土曜赤い日曜寒波来る
同
受賞作の中では比較的わかりやすいというか、素直な句である。ただ作家の独自性はこういった句にも現れている。「真円の函に夏帽子仕舞ひけり」――この美意識が作品をまとまりあるものに統一しているのだろう。ただし激情を抑えた冷え寂びであり、「大壺の底に花殻冬座敷」である。
文学の歴史は新しい作家、新しい作品が現れてくるとコロッと変わる。いつまでも変わらないと思っているのは現状に満足している者たちであり、ある日唐突に誰かが現れてテーブルをひっくり返すのが文学の世界というものである。期待大の新人が現れたと思う。
岡野隆
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