一.シャム69
緊急事態宣言。物々しい字面、しかも二度目。でも事態はなかなか好転しない。飲食店は夜八時まで、というより「ラストオーダーは夜七時」という響きの方が分かりやすく重い。酒好きに出来ることは、バランスよく我慢すること。じっと家で飲み続けるのもアレだし、八時以降開いている店を探しまくるのもアレだ。一人でさっと入って、静かに酒を呑み、二、三杯で帰る――。あれ、これじゃいつもと変わらんな。
今日は正午過ぎから呑む。相手はイトコ、議題は「遺品の整理」。大義名分ギリギリ。新宿で/昼から呑めて/庶民の味方で/密にならない広い店、となれば思いつくのは「S」。毎年正月には気の置けない連中と出向くけど、今年は「我慢」していた店。ひょんなことから顔を出せた。それにしてもイトコって不思議な関係性。血縁だし/近所に住んでいるし/同年代、なのに普段は会わない。礼服以外の姿で会うのは小学生ぶりかも、と考えながら約束の二十分前にちゃんと営業しているか念の為チェック。このご時世、突然休業ありえるしなあ……と、小便横丁の脇を通り抜けた時、軽く違和感があった。景色が違う。立ち止まって数歩バック。あ、と思わず声が出た。あの店、なくなっている。地下にある創業半世紀以上の老舗バー「M」の看板がない。楕円のカウンターに絶品のハイボールに庶民的な料理。大抵訪れるのは数軒寄った後で、ふわっとした気分になってから。なぜか此方では他の客から話しかけられることが多かった。「これ、多すぎるので少し手伝ってもらえませんか?」「こちら、よくいらっしゃるんですか?」等々。男性ばかりなのはアレとして、ふわっとしている時だと案外面倒に感じない。また会いましょう、なんてお約束の口約束は一度も守れなかったけど、まさかお店がなくなるとは。そんな経緯が眉間に皺を寄せていたのかもしれない。数分後、数年振りに当たってしまった。何って、職質。警官からの職務質問。髪が長い頃は笑えるほど多かったが本当久々。思うところはあるけれど、あまり時間がない。ハイハイ、とバッグやポケットの中を見せ、「まさか危ないものとか無いとは思うんですけど、念のために御協力下さい」云々に笑顔で応じながら、頭の中に浮かんでいたのはカオスU.K.やミッシェル・ショックトの警察連行ジャケット。ハイハイと従った結果、一分弱で解放されたが、まだ眉間には皺が残っていた。
人が抗う姿は切ない。それが若者なら尚更だ。人は見た目が九割、ならばパンクのレコードもジャケットが九割。まあ、それは話半分で。労働者階級から絶大な支持を集めたパンク・バンド、シャム69のデビュー盤『テル・アス・ザ・トゥルース』(‘78)のジャケットも素晴らしい。自分たちを指差し責め立てるオトナに対し、壁際に追い詰められながらも抗うパンクス。その怒鳴り声はA面ライヴ録音/B面スタジオテイクの変則的構成で堪能できる。バンドの中心人物、ヴォーカルのジミー・パーシーに関しては、それこそ眉間に皺が寄るエピソードも漏れ聞こえてくるが、聴いている間は無問題。ちなみにこのアルバム、長らくCD化されなかった。聴く度、ジラされた記憶も一緒に蘇る。
【 Rip Off / Sham 69 】
なかなかCD化されなかった、といえばビートルズ、ストーンズと並ぶ英国三大ロックバンドの雄、ザ・フーのデビュー盤『マイ・ジェネレーション』(’65)もそのクチ。表題曲は勿論、他の収録曲もまあまあ知ってはいたが、やはり通しで味わいたい。ストーンズもビートルズも初期のアルバムはシンプル。それ故あまり聴き返さないが、フーは別。だってドラムがキース・ムーンだから。後の引き出し豊富なアルバムに較べるとシンプル曲が多めだが、退屈せずに興奮しちゃうのはあの自由で即興性溢れるラウドなドラムの成せるワザ。奇行蛮行エピソードには事欠かない夭折の「壊し屋」。享年三十二。ちなみにバンドは今も活動中。現在ドラムを叩くのはキースの弟子でもあるリンゴ・スターの長男。彼はオアシスのサポートとしても有名。
酒のペースが似ていたイトコと別れた後、買い物がてら中野へ。明るいうちに訪れるのは久しぶり。慣れた道をひょいひょいと。まだ早いからか、それとも緊急事態宣言のせいか、馴染みの店々もほとんど閉まっている。ん? と思わず立ち止まったのはバー「B」の前。そうだった、創業半世紀以上の此方も、去年、コロナで臨時休業に入った後、予告していた営業再開が叶わず閉店してしまったんだ。所謂トリスバー、雰囲気のある店内で安く呑ませてくれる庶民の味方。最後の方は脱帽ルールも無くなっていたような。ベタな言い方だけど「文化」を味わう店。また眉間に皺が寄る。
【 The Ox / The Who 】
三.ザ・ブルーハーツ
生涯最もCD化を待ち望んだ楽曲は、ザ・ブルーハーツの自主制作片面ソノシート収録の「1985」(‘85)かもしれない。初めて聴いたのはカセットテープ。小6辺りから出入りしていた中野の自主制作専門中古レコード店で確か3000円。消費税なんてなかった。一緒に入っていたライヴ音源同様、音質は微妙。でも眉間に皺を寄せて聴き込んだ。そこにあるのは未知の考え方。そんな栄養を全部吸い尽くしたかった。CD化されたのは約十年後。聴こえてきた音は少々眩しすぎた。
中野の後に立ち寄ったのは渋谷。今度は役所で諸々の手続きをしなければ。呑んでいるけどマスクで隠せば無問題。いつもは邪魔だが、こういう時には便利。ちゃちゃっと済ました帰り道、再び職質に遭うこともなく歩いていると見慣れぬ看板発見。なんと立呑みチェーン店「D」。考えるな、感じろ――。とりあえず入店、チューハイとコロッケ、各150円で乾杯。訊けば昨年秋のオープンらしい。閉めてしまった店を見たせいか、少しだけ背筋が伸びた。「メニュー全部 35,000円」。壁の短冊から漂う逞しさに、もう一杯お代わりを。
【 1985 / ザ・ブルーハーツ 】
寅間心閑
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