今月号の特集はなんと「不死の人 秋元不死男」! どの商業句誌が不死男の特集を組んでもいいわけだが、なんとなく「俳句界」らしい気がする。東京三のペンネームで新興俳句を代表する俳人の一人である。特高に検挙され、丸二年間も収監された。プロレタリア俳人としての節を折らなかったわけだ。じゃあ自由主義の戦後になって盛んに反政府運動を行ったのかというと、そうでもない。戦後は「天狼」に参加し俳句結社「氷海」を主宰した。確か寺山修司が高校生の時に出していた「牧羊神」創刊号で巻頭に不死男の寄稿を取っていた。ジャーナリスティックなセンスのあった寺山のことだから、不死男がカッコよく見えたのだろう。ただし俳句表現においても人生においても鬼面人を威すような派手さは不死男にはない。
冬空をふりかぶり鉄を打つ男
乳棄つる母に寒夜の河黝く
少年工学帽かむりクリスマス
プール涸れ跳躍台を恐くする
母美しとほき干潟にゐてひかり
秋元不死男 処女句集『街』(昭和15年) 「秋元不死男100句」(抄出・編集部)より
杓子定規に言えば不死男はプロレタリア俳人の一人ということになる。階級闘争というか、当時の社会矛盾に敏感だったわけだ。それは「冬空をふりかぶり鉄を打つ男」「少年工学帽かむりクリスマス」といった句に微かに表現されている。しかし処女句集『街』に体制批判的な句は意外と少ない。また新興俳句世代の大きな特徴の一つである強い自我意識が俳句で表現されているのかというと、そうでもない。「プール涸れ跳躍台を恐くする」にあるように、「飛び込んだら大怪我するな」と思いながらひび割れたプールの底のような同時代を眺めている感じである。
降る雪に胸飾られて捕へらる
冬シャツ抱え悲運の妻が会ひにくる
特高と屋上に浮き春惜しむ
花散ると子の文短か獄にくる
鳥わたるこきこきと罐切れば
へろへろとワンタンすするクリスマス
秋元不死男 第二句集『瘤』(昭和25年) 「秋元不死男100句」(抄出・編集部)より
第二句集『瘤』には獄中句が多く収録されている。妻子に迷惑をかけたなという句はあるが、やはりあからさまな体制批判句は少ない。「特高と屋上に浮き春惜しむ」の解釈は多様だが、特高警察官を〝敵〟と捉えているというより、「お互い立場があるよなぁ」と呟きながら過ぎ行く春を惜しんでいるような感じだ。不死男は現代人としての強い自我意識を持っていた人だが、逮捕といった大事件でもあまり動揺した様子がない。
それは「鳥わたるこきこきと罐切れば」「へろへろとワンタンすするクリスマス」といった句によく表れている。孤独の影が強い。こういった句で不死男は擬音の使い方が上手いと言っても仕方がないだろう。今現在の自分を、目の前の現実を物質化して表現しているような句だ。不死男は横浜元町出身だからクリスマスの華やかさを知っていただろう。華やかさとは無縁に「へろへろとワンタンすす」っているわけだが自嘲とまではいかない。薄い笑いである。
すみれ踏みしなやかに行く牛の足
向日葵の大声で立つ枯れて尚
多喜二忌や糸きりきりとハムの腕
跳ぶ蝗主題が無くて誰の詩ぞ
豊年や切手をのせて舌甘し
声立てぬ赤子の欠伸雁帰る
葱すいと割いて包丁始めかな
終戦日妻子入れむと風呂洗ふ
秋元不死男 第三句集『万座』(昭和42年) 「秋元不死男100句」(抄出・編集部)より
葉ざくらや活字大きな童話本
馬の目に雪が駈けこむ北の国
峰雲や生きて一人の強さ弱さ
波郷忌の風の落ちこむ神田川
火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり
菊枯るるいのちあるゆゑ湧く涙
酒好きに酒の佳句なしどぜう鍋
病む妻の裾に豆撒く四粒ほど
ゆらゆらと亡母われ呼ぶ罌粟のかげ
絶句
ねたきりのわがつかみたし銀河の尾
秋元不死男 第四句集『甘露集』(昭和52年) 「秋元不死男100句」(抄出・編集部)より
不死男の生涯句集はわずか四冊で、最後の『甘露集』「後記」は死の二日前の脱稿である。辞世の句まで収録されている。まあなんとも用意がいいというか、潔いというか。見方によっては稀な戦中プロレタリア闘士であり、その文脈を活用すれば戦後社会性俳句の流れの中で重きを為すこともできたはずの人である。しかしそうしなかった。単に興味がなかったのだろう。名誉欲は薄い。目立ちたいという指向も見られない。生に対する強い執着も句を読む限りあまりないようだ。ただしモダニスト的なキッチリとした美意識がある。
ちょっと飛躍したことを言えば、不死男的な目の前の現実を物質化するような句法に俳句伝統を接続させると赤黄男的な俳風になるのではないかと思う。現代風俗や用語を積極的に取り入れているわけではないが、不死男俳句は今現在という手触りが強い。深みがないと言えばないわけだが、「こういう人生もいいかな」と思わせる。
階級闘争のプロレタリア闘士は出自と時代から言って仕方ないではないか、収監もやむなし、終戦戦後になれば時代は変わる、それらを淡々と受け容れる。大きな社会の動きはわかっているがしょせんは頭の上を通り過ぎてゆくもの、人は最初から最後まで孤独、信じるに足るのは個の矜持と美意識だけ。「ねたきりのわがつかみたし銀河の尾」はまことに不死男らしい辞世だと思う。
眼つむりて老いゆくごとし寒椿
宗祇忌や唐招提寺焼け跡に
先生の小さくなりて法師蟬
元旦のをんなばかりの寝息かな
雨だれのうしろに揃ふ涅槃かな
「AI一茶くんの俳句 30句」より
次に北大調和系が開発している人工知能が俳句を生成する手順を説明する。現状のAI俳句では、俳句の生成・選句・推敲というプロセスから構成されることを想定して開発を進めている。三段階の構成にしたのは、ボトムアップに開発可能なサブシステムに分割したという技術的な背景もあるが、高濱虚子が「選ぶといふことは一つの創作であると思ふ。少くとも俳句の選といふことは一つの創作であると思う。」(『虚子』俳話)と述べているように、選句自体も独立した創作活動として見なせるという観点から俳句の生成と選句を分離させた。
山下倫央「AI俳句の現状」
今号では「特集 AIと作句の戦い」も組まれている。これも「俳句界」らしい特集だと思う。やってみたいという人がなかなかいないので僕は「俳句界」と「角川俳句」の句誌評を書いているが、「角川俳句」は実に書きにくい。一番の原因は俳句事大主義、つまり俳句は文学でなければならないという強い思い込みにある。しかし俳句は文学であるという理由が「角川俳句」からちっとも伝わって来ない。「俳句界」より「角川俳句」の方がAI俳句を嫌うでしょうな。
もっと言えば、現実世界を見回せば俳句がお遊びだという証左はいくらでも挙げることができる。しかし「俳句は文学」に凝り固まっている俳人たちは、自分たちのほとんど唯一の頼みの綱のありかを明らかにできない。脊椎条件反応で「俳句は文学」だと連呼しているので、つい「たまには脳を使えよ」と言いたくなってしまうわけである。
北大の山下倫央さんが「AI俳句の現状」で書いておられるように、AI一茶くんの運用は人工知能研究のために始まった。AIが人間の脳の動きを模倣するシステムなのは言うまでもない。より現実に即した有効性の高いAIを開発するための実験として俳句はとてもいい材料になるのである。
北大のシステムは「俳句の生成・選句・推敲」から構成される。生成は比較的簡単だが、選句・推敲に関してはまだ人間の力を借りている段階だ。つまり一茶くんが詠んだ俳句を人間の俳人たちに選句・推敲してもらい、その結果をAIにフィードバックするシステムを取っている。これを繰り返せば少なくとも俳句に関しては、AIがかなり高いレベルの俳句作品を生み出す可能性がある。
まあコンピュータに人間の営為を横取りされるようで、一茶くんの俳句はどんなに素晴らしくても「ふんっ!」と言いたくなる気持ちはある。ただまあこれは大きな世の中の流れであって、もう誰にも止められない。投資でもチェスや将棋でもAIは人間の営為を脅かしているわけだから、闇雲に否定するのではなく、一茶くんと仲良く足並みをそろえてやってゆくしかあるまい。むしろ商業句誌の新年号に名だたる俳人たちと並んで一茶くんの俳句を掲載した方が面白いかもしれない。
芭蕉は「発句は物を合すれば出来せり」と言った。正岡子規は「余は思う、今日の進歩はほとんど極端の進歩にして、最早この上の程度にまで複雑ならしめ明瞭ならしむることあたわざるべきを」と書いた。
根拠を示さない「俳句は文学だ」という空虚な主張は、俳句にはいくらでも新たな表現の余白があるという楽観を含んでいる。「五七五に季語を並べれば、ほら、オリジナルの詩ができあがる、もうあなたも立派な詩人です」といったことを俳人たちは無責任に言いふらしている。
しかしそれはずっと前から嘘なのだ。俳句はある意味絶望の文学である。馬鹿でも利口でも俳句くらい作れる。しかし本当に優れた俳句を詠めるのは絶望し尽くした一握りの賢人だけだ。一茶くんに秀句・名句を詠んでもらえば、少なくともお気楽な俳人の絶望が少しは深まるでしょうな。
岡野隆
■ 秋元不死男の本 ■
■ 金魚屋の本 ■