世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
転
転は天に通ず、と
師はつぶやいた
はるかな夕空に
星々は散らばり
それは彼女が
名も知らぬ彼女が
石につこけて
まき散らしたようである
手桶のなかの
かがやく玉を
東から西
高いところから
低いところまで
物語としては
それは源である
東方の王の乳しぼり女で
桶からこぼれる
永遠にこぼれつづける
ミルキーウェイだが
美しすぎる、と
師は首をふる
流れは最初からあり
そこから物語が生まれる
物語は流れではなく
幻影を生み出す
夏の夜に
灯の影に子らがつどい
獣や姫や
琴やかんざしを
映しては水飴を食べた
あるはずのない
しかしあってしかるべき
記憶であり
それ自体が幻影である
突然、走り出した一人が
転んで川に落ち
騒ぐ声がする
あれはどこの
誰の子だったのか
師いわく
転ずるときは
徐々におとずれる
踏みだしては戻り
戻っては踏みだし
夕顔と朝顔が交互に咲く
生垣の隅で
ふと気づくと
もはや失せている
踏みだす先に
進む気が
消しゴムでこすったように
じわじわと
切り下がって
もじもじと
後ずさって
しかし人はそれを
心変わりという
急転直下
晴天の霹靂という
転は天にあり
人は天を見ず
人を見ている
転じた人を
知っていた、と言う
愛ゆえに彼は
裏切るであろう
鶏が三度鳴く前に
やはり知らぬと言うだろう
本日は晴天なり
抜ける青さが
すべてを転じる
一顧だにせず
流れを振りきり
転進する
転身する
向かうところは
天心にあり
天の心は臍に通ず、と
師は諭した
右を見ず
左を見ず
頭に上った
血を逆流させ
しかるのち
右を見て
左を見て
臍に力を入れ
横断歩道をわたる
突然、走り出す
まわれ右して
あれは誰
わたしは知っている
師はささやいた
なぜなら人は
転じるものである
天井にあたったり
天丼につられたり
天の心は
背に腹をかえない
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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