片島麦子さんの連載小説『ふうらり、ゆれる』(第12回)をアップしましたぁ。古羊さんと詩音とリサの子供、古羊さんの甥っ子の慧君が主人公の章の続きです。古羊さんはとても純な女性ですが、彼女の純粋さは壊れ物ではありません。内に芯が通っていて強い。その純な強さは実の弟ではなく、甥の慧君と通底するものだということが描かれています。
もう頭上を見る勇気もない慧はとぼとぼと歩いた。桜並木の途切れたところで、詩音さんとリサさんは待っていた。リサさんは何の思惑もない瞳で慧を見つめ、手を伸ばしてきた。慧はよく判らない罪悪感を抱きながらその手を握った。詩音さんは横を向いている。縁石にブランドモノのスニーカーの底をこすりつけて、何かを落とそうとしているみたいだった。
夜半に降った雨のせいで道は湿っていた。散った花びらが数枚、スニーカーの靴底に貼りついているのが見えた。思うように落ちないらしく、何度も縁石にすりつけている。
「この靴、お気に入りなのに」
女々しい口調で愚痴る詩音さんを慧は黙って見ていた。花びらは原形を留めることなく、ただただ靴底の溝深くもぐり込んでいった。詩音さんにしては珍しく、いらいらとした感情を隠すことができない。
「ああもう、しつっこい。汚いなあ」
嫌いになれる。
その瞬間、慧は確信した。世界はもう、僕にはじゅうぶんだ。この先いろいろなことを知るたびに、確実に僕はこの世界を嫌いになるだろう。
(片島麦子『ふうらり、ゆれる』)
うまい、実にうまい。言うことなし。これぞ小説ですね。
■ 片島麦子 連載小説『ふうらり、ゆれる』(第12回)縦書版 ■
■ 片島麦子 連載小説『ふうらり、ゆれる』(第12回)横書版 ■
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