TBSテレビ
火曜22:00~
【出演】
小泉今日子、満島ひかり、伊勢谷友介、夏帆、塚本高史、猫背椿、乙葉、神尾楓珠、池田成志、坂井真紀、森下愛子、菅野美穂
【脚本】
宮藤官九郎
【演出】
金子文紀
【主題歌】
安室奈美恵『Showtime』
宮藤官九郎脚本のドラマである。当たり前だが、映画やドラマはスターさんたちがメインである。少しくらい脚本がよくても、キャストにスター性が足りなければたいてい当たらない。官九郎脚本は今のところ数少ない例外だろう。小泉今日子を始めとする有名スターが出演しているが、演技派の満島ひかりを旬の若手スターと言っていいのかは迷うところだ。むしろ官九郎作品だからこそ、坂井真紀、森下愛子、菅野美穂といった、その気になれば癖のある芝居をいくらでも打てる俳優陣を集められたのかもしれない。これも当たり前だが本が良ければ俳優の演技もはまる。主役陣は女優だが、男一点(?)で彼女らに立ち向かうのは伊勢谷友介である。これはおいしい。
ドラマはサンジャポのスタジオ風景から始まる。テリー伊藤や壇蜜といったサンジャポレギュラー陣はそっくりさんで、その中にゲストで呼ばれた伊勢谷友介と菅野美穂が座っている。このあたりがvery官九郎で、彼はお茶の間でテレビを見ている視聴者の一人として、ごく自然にテレビや芸能界を相対化してみせる。ぜんぜんあざとさがないからすごく効果的だ。官九郎さんには芸能界にどっぷり漬かっているという意識が薄いんでしょうね。
女囚用刑務所でも、小泉今日子らの女囚たちが、「泉ピン子のドラマと違うでしょ」「人情オバサンもいないかわりに、怖い牢名主もいないのよ」といった会話を交わす。しかもまず小泉今日子が収監初日に「泉ピン子のドラマと違うなぁ」と心の中で思い、それを別の女囚が心を読んだように繰り返すのだ。『池袋ウエストゲートパーク』などでも多用された官九郎さんの台詞回しだが、こういったところで日常的手触りを演出するのが本当にうまい。
で、物語はいきなりクライマックス形式である。サンジャポのスタジオに座っているEDOミルク社長・板橋吾郎(伊勢谷友介)に向けて、「息子さんを誘拐しました」というカンペが出る。小泉今日子らの元女囚たちが仕組んだ誘拐事件である。
馬場カヨ(小泉今日子)、財テク(菅野美穂)、女優(坂井真紀)、姉御(森下愛子)、しゃぶ厨(猫背椿[大人計画の女優さんですね])は刑務所で同房だった。主演の馬場カヨだけ本名で呼ばれ、そのほかの元女囚はニックネームというのもリアリティがある。そこに通称姫(夏帆)が入牢してくる。姫はEDOミルク創業一家の跡取り娘だったが、創業一族派と板橋吾郎の専務派の間で社内闘争が起こった。板橋は姫と結婚することで事態は丸く収まったかに見えたのだが、彼はイケメンのプレイボーイで実は恋人がいた。恋人の存在を知った姫が委託殺人で彼女を殺してしまったのだった。世に言う〝爆笑ヨーグルト事件〟である。EDOミルクの主力商品がヨーグルトで、姫が逮捕された時になぜかヨットの上で爆笑する姫の動画がテレビで何度も流れてしまったのでそう呼ばれている。これもあるな~という設定ですね。
元女囚たちの経歴は様々で、財テクと姉御は大金持ちで、もう社会復帰してバリバリ稼いでいるらしい。姫の話から彼女の委託殺人はえん罪で、イケメンプレイボーイの板橋が仕組んだ罠だと確信した元女囚五人と、それになぜか彼女らを監視する立場だった元刑務官の通称先生(満島ひかり)が立ち上がり、板橋の息子を誘拐して本当の事実を社会に向けて公表させようとする。サンジャポスタッフが出したカンペも、女性投資家としてテレビ出演した財テクのヘアメイクとしてテレビ局に潜り込んだ馬場カヨが、こっそりすり替えたのだった。板橋は姫が逮捕されるとさっさと離婚して、晴海という元タレント(乙葉)と結婚して勇介という一人息子をもうけた。
息子の誘拐は成功するのだが、ぜんぜん緊張感のないドタバタである。隠れ家に息子を監禁するが、元女囚たちは顔を隠しもせず、ほとんど子守となっている。子供に「ババア」と罵られる始末だ。いちおうは板橋に脅迫電話をかけ、姫の委託殺人は彼が仕組んだ罠だと世間に公表するよう迫るのだが、板橋は金で解決しようとして応じる気配がない。元女囚たちは計画を変更し、子供をダシに板橋を誘い出し、子供は解放して今度は板橋を監禁する。このあたりからドラマはいっきに官九郎ワールドに突入する。
物語の最大の謎は、姫の委託殺人はえん罪なのか、本当に板橋が仕組んだ罠なのかという点にある。また大人だろうと子供相手だろうと誘拐は重罪だから、元女囚たちと元刑務官は危ない橋を渡っていることになる。しかし爆笑ヨーグルト事件の真相は文字通り宙づりにされ、誘拐という重大事件がテーマになることもない。誘拐は二〇一七年十二月二十四日に設定されていて、ドラマはそこから元女囚たちと板橋の過去に遡り始める。板橋を監禁して真相を問い詰めながら、癖のある登場人物それぞれの過去が露わになってゆく。
椅子に縛り付けられた板橋に爆笑ヨーグルト事件の真相を問いただしながら、馬場カヨはなぜか自分が起こした殺人未遂事件の話を始めてしまう。夫の浮気に逆上して包丁で刺したのだった。馬場カヨはいわゆる良妻賢母で家事育児を完璧にこなし、その上職場復帰してバリバリ働いていた。「わたしのどこが悪かったんですか」と叫ぶ馬場カヨに、板橋は「そんなこと僕に関係ないでしょ」と答えるが、「関係ある話しかしちゃいけないんですか」と一喝され黙ってしまう。そのうえほかの元女囚たちにそそのかされ、男を代表して、馬場カヨの元夫になり代わって反論するよう求められる。「いや、そういう完璧なところが男には息苦しいんであって、あなたにも責任があるんじゃないですか」と言ってしまうのだ。
このあたりが官九郎さんのうまいところで、ドタバタとはいえ日常に即したドラマが、日常の輪郭を保ったまま抽象レベルにスッと達してしまう。時間を追って物語を進め、登場人物の会話に沿って論理的に物語を作ってゆく普通の脚本家にはできない芸当だ。観客の目の前で、そう簡単には変えられない舞台セットの上で、登場人物たちがふとしたはずみで違う人物に成り代わり、違う物語(劇中即興劇)を始めてしまうような小劇場的手法である。それをスピーディに、視聴者を飽きさせることなくさらりと起こしてしまう。
馬場カヨは板橋が元夫だという幻想にとらわれて、また包丁で刺そうとする。それをいつもクールな元刑務官の先生が「ストップ!」と言って止める。先生を中心に五人の元女囚たちが輪になり「更生するぞ!更生するぞ!」と気勢を上げる。刑務所内でルーティーンとしてやらされていたお題目だが、『木更津キャッツアイ』でもこの方法が多用されていた。唐突に始まる円陣の気勢は物語にスピード感を与える。それだけでなく、今までの物語展開を断ち切りリセットする役割をもになっている。テレビを見ていてときおり舞台の情景が浮かんでくるのが官九郎脚本の特徴だ。
元刑務官の先生を除き、五人の元女囚はオバサンを自称している。無敵だが弱点があるということだ。誘拐犯なのに板橋社長のイケメンぶりにクラクラしてしまう。このドラマでは伊勢谷友介がホントに美男子に映っているが、もちろん逆説である。イケメンであればあるほどコミカルな要素が増す。お笑いの博多大吉はお母さんから「あんたは昭和四十年代のスターの顔ね」と言われたそうだ。現代日本では完全無比の美男はあまり流行らない。それが日本社会の一つの成熟だろう。キリッとしたイケメンの実業家を演じるよりも、『監獄のお姫さま』の方が伊勢谷さんの良さが引き出されている。もちろん官九郎さんはアテ書きしていると思う。伊勢谷の、ちょっと冷たそうな美男子というパブリックイメージを逆手に取っているのである。
と、官九郎作品の魅力はある程度論理的に説明できるが、最大の魅力は彼の感性にある。官九郎さん、テレビ出演していてもいつまでたっても素人臭い。芸能界はもちろん、映画やドラマの決まり事を苦もなく相対化できる感受性を持っているのだ。それに素人のように一人の観客として面白がり、興味を惹かれたことをどんどん脚本に取り入れてゆく人だ。官九郎作品でお馴染みの円陣気勢も、鴻上尚史が生み出した輪唱演劇からもってきたのかもしれない。映画やドラマだけでなく、小説もフィクションである。ただほとんどの作家はどこかでオリジナル神話にとらわれている。官九郎脚本のオリジナリティだって高いが、現実世界とフィクションの垣根をあっさり取り払い、無限の引用の織物から生み出されているようなところがある。
とはいえ演劇、映画、ドラマというハコに合わせた脚本技術がなければ継続的に仕事をしてゆくことはできない。『監獄のお姫さま』は連続ドラマで、毎回元女囚たちの過去が露わになる形を取るのだと思う。元女囚五人と元刑務官の過去が、薄皮を剥くように明らかになってゆくのだろう。もちろん物語の焦点は姫の委託殺人の真相である。この謎も、どうも単純な罠ではないようだ。ただ過去に遡るドラマだから、大団円はしっかり決まっているはずだ。つまり視聴率を気にして脚本を手直しして、内容がブレることはない。まだ始まったばかりだが、『監獄のお姫さま』、たぶん秀作である。
田山了一
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