Kawai Project Vol.2 『間違いの喜劇』
公演日:2016年9月7日~11日
・7~10日は19:00時開演、8、10、11日は14:00PM開演のマチネあり。※11日はマチネ公演のみです。
・一般当日4,500円(前売4,000円) 25歳以下は当日2,500円(前売2,000円) 豊島区民割引は3,500円
於:あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
170-0013 東京都豊島区東池袋4-5-2 ライズアリーナビル2F・3F
TEL.03-5391-0751 FAX.03-5391-0752
出演
高橋洋介 岩崎加根子 原康義 小田豊 多田慶子 沖田愛 島本和人 梶原航 寺内淳志 チョウ・ヨンホ 野口俊丞 辻村優子 クリスタル真希 押田栞 田部圭祐 峰崎亮介 青井そめ 中山真一
翻訳・演出 河合祥一郎
音楽 後藤浩明
美術 平山正太郎
演出助手 稲葉賀恵
照明 富山貴之
音響 星野大輔
衣裳 月岡彩
ヘアメイク 武井優子
舞台監督 本郷剛史
宣伝デザイン 荒巻まりの
制作 玉塚充
制作補・票券 新居朋子
Kawai Project ホームページ http://www.kawaiproject.com
公式Facebook https://www.facebook.com/coe.kawaiproject/
Kawai Projectという演劇プロジェクトの新作公演について連絡をいただいたのは梅雨の中頃だった。Kawai Projectとは、シェイクスピア研究者の河合祥一郎氏が立ち上げ「自ら新訳・演出を担当し、原文の真の面白さを伝える公演」を行う演劇プロジェクトである。2014年にシェイクスピア戯曲『から騒ぎ』を公演し、好評を博した。ネット上に散見される劇評によれば、美術を用いず、四方を観客に囲まれた素の舞台上に俳優が躍動し、口跡鮮やかな台詞を原動力とした公演であったらしい。公演のための新訳はシェイクスピアの原文のライム(韻)をすべて日本語に訳出したという。今更だが、見逃したことが悔やまれる。
新作はシェイクスピアの初期作『間違いの喜劇』。これについての詳しい情報はKawai Projectのホームページを見ていただければと思うが、本作もまたライムを残さず訳出している。そして、シェイクスピアの作劇した当時のように、なにもない簡素な舞台上に言葉によって劇世界が構築されていくものとなるのだろう。観客はつねに劇世界(登場人物)と現実の舞台(俳優)を同時に眼差すものだが、本作においては400年前の、シェイクスピアの「原文」というもうひとつの現実に触れることになる。戯曲と舞台と物語という三重の世界に目と耳を開く、おもしろくもいそがしい演劇体験となるにちがいない。
ところで、「シェイクスピアの作劇した当時」ということ、これについて少し補足することがある。『間違いの喜劇』の最古の上演記録は1594年。ロンドンの法学院の一つであるグレイズ・インのホールで、クリスマスの祝宴の席で本作が上演された。会場は収集のつかない騒ぎだった。舞台上にも客が押し寄せる。他学院からの来賓客は激怒して帰ってしまう。のちに「間違いの夜」と名付けられる破廉恥な夜に向けて、座付き作家シェイクスピアを擁する一座が用意したのが『間違いの喜劇』。その第一幕は、法学院のエリート学生の興味をくすぐるような法律用語を散りばめた長台詞の応酬のうちに物語の背景が語られる裁判の場面から始まる。グレイズ・インでの余興のために創作されたという研究者の主張も然もありなん。しかし、その場合、乱痴気騒ぎに興じる客にはさぞ面食らったことだろう。想定すべき観客として、行儀のいい法律家の卵とやかましいパーティー客を取り違えたことが、その夜の最初の間違いであったのではないか。
「シェイクスピアの作劇した当時」とは、このように、現在に残されている記録文書などを頼りに明らかにする暫定の研究成果である。その点で最も雄弁でありながら最も難解な研究資料はシェイクスピアの死後、1623年に出版された「第一フォリオ版」と呼ばれる戯曲集だが、収録された戯曲の約半数が「第一フォリオ版」をもって初出版だった。『間違いの喜劇』もそのひとつである。よって本作の原文とは、この「第一フォリオ版」のことを指す。シェイクスピアの死後、手書き原稿を清書し、それを元に活版を組み、何段階ものヒューマン・エラーの可能性を抱えて印刷された戯曲。初演時からはゆうに30年近く経過している。その間、幾たび本作が上演されたかは定かではない。元になった手書き原稿が上演台本ならば、そこで様々な書き込みや書き換えを加えられている可能性も無視できない。そうした不確定性を乗り越え、1594年の記録と1623年の戯曲本文を照らして検証された結果見つかる劇作家の意図が、上で言及した「間違い」のような「当時」の風景を描く。最古のオリジナルに迫るための最新の知見の糸口は、原文戯曲の細部にいまだ検証不十分なかたちで残っている。河合氏の言う「原文の真の面白さ」である。
新作『間違いの喜劇』にも最古であり最新の「当時」が採用されている。昨年、日本シェイクスピア協会の紀要に寄稿した論文で、河合氏は『間違いの喜劇』に見られる矛盾した時間の進行についての新解釈を発表した。これまで研究者の多くが、観客が気に留めない些細なものなら矛盾も辞さないのがシェイクスピアの作風であるからと、追求してこなかった点だ。河合氏は、舞台上に時間のズレた時計(「当時」時計のズレについて言及する舞台は少なくなかったようで、論文中にも数多く紹介されている)を導入することで、台詞の矛盾を解消し、時間と出来事の進行に一貫性を持たせることができるという。またその時計の表象を何らかの方法で観客に示すことで、新しく生まれる劇的効果を主張する。「ズレた時計」というこれまでなかったアイテムが加わることで、舞台の様子が一変するかもしれない。最新の方向に、最古を目指して。
それだけではない。ライムの訳出に象徴されるように、荘重になりがちなシェイクスピアの翻訳に、音楽的にリズミカルな原文の調子を取り戻そうとしている。視覚的には、ふた組登場する双子を、片方は俳優二人、もう片方は一人二役と、二通りの表現方法を採用している。その結果生まれるであろう、劇世界の登場人物と現実の俳優との表象のズレには、現代演劇のような錯視的効果が期待できる。研究成果に基づく演劇と聞いて、大学の講義のような真面目くさったものを見せられると早合点しては、あまりにもったいない。Kawai Projectの目指す演劇は、俳優と観客の間にかつてあり、いまはまだ埋もれている古くて新しい関係を回復するための実験なのだから。シェイクスピアの没後400周年の今年、彼らは400年前の劇場を現代に建てて、400年前の俳優たちのように、観客を待っている。
星隆弘
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