NHK大河ドラマ50年特別展 平清盛
於・東京都江戸東京博物館
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
会期=2012/01/02~02/05
入館料=1300円(一般) カタログ=2300円
評価=総評・75点 展示方法・75点 カタログ・75点
東京都江戸東京博物館(以下江戸博)は、東京都歴史文化財団が管理・運営する郷土博物館である。開館は平成5年(1993年)だが、竣工が計画されたのは鈴木俊一都知事時代である。設計は菊竹清訓氏で、広大な敷地に地上7階、地下1階の高床式倉をイメージした建物がそびえ立っている。5階、6階が常設展スペースで、江戸から東京の町並みが、資料とともに、ほぼ実寸大のジオラマで再現されている。その壮大さは外国人観光客や初めて訪れた日本人客の目を奪うだろう。しかしそれは巨大な模型であり、新たな動きもない。リピーターはあまり期待できないのではないだろうか。常設展を見るのには一般で600円の観覧料がかかるので、僕は一度訪れたきりである。
江戸博はとにかく広い。展示室はもちろん、図書室、映像ホール、レストラン、ミュージアムショップ、収蔵庫など、博物館に必要な全ての施設を完備している。しかしバブル時代に計画された多くの街や建物がそうであるように、どこか寒々とした印象がある。天井も高く通路も広いのに、かんじんの中身に活気や熱気が感じられないのだ。フロア面積は広いが各施設が孤立していて有機的なつながりが感じ取れない。江戸博をバブル時代の箱モノ行政の遺物と言う人がいるが、ある程度はうなずける。江戸博には、今後も世界的大都市東京の文化の窓口としての役割を担ってほしい。だが今のままでは厳しいのではないだろうか。関係者の皆さんの知恵を結集して、ほんとうに活気ある博物館にするための時期にさしかかっているのではないかと思う。
さて、『NHK大河ドラマ50年 特別展 平清盛』である。江戸博の単独企画ではなく、神戸市立博物館、広島県立美術館、京都府京都文化博物館との共同企画で各地を巡回するが、大河ドラマの人気を反映して会場は大入り満員だった。3時間ほどかけてゆっくり見た。今回のメインはなんといっても厳島神社蔵の華麗な『平家納経』、それに『平治物語絵巻断簡』や平安仏画である。それらは確かに素晴らしかった。しかし観覧しているうちに「ん?」と感じる瞬間が多々あった。平安時代から江戸期に至る古文書、仏画、仏像、大和絵、発掘陶磁器、写本、武具などがゴチャゴチャに並んでいる。美術展は展示物から対象になった時代や人の息遣いを感じ取るための催しだと思うが、清盛にフォーカスを当てたのではなく、時代やジャンルを問わず平家関連の遺物をできる限り集めた展覧会になっている。混乱を助長したのは会場に張られた『平氏ニュース』のパネルで、全部読んだが何を伝えたいのかわからなかった。一つ一つの展示物はおもしろいのに、展覧会にこめられた主催者の意図が読み取れなかったのだ。
その理由は家に帰ってカタログを読んでみて初めてわかった。カタログの冒頭に「編集は、本企画委員(江戸、神戸、広島、京都の各博物・美術館スタッフ)とNHK・NHKプロモーションが担当した」とある。展覧会タイトル『NHK大河ドラマ50年 特別展 平清盛』を、僕はもっと素直に受け取っていればよかったのかもしれない。この展覧会は、恐らく大河ドラマ『平清盛』を制作したNHKスタッフの企画案が骨子になっている。彼らが専門家のアドバイスに従ってシナリオ作成や時代考証のために参照した資料から、めぼしいものを博物館が借り出して展覧会を開いたのだろう。展示物を清盛時代に限らず、江戸期まで広範囲に拡げた理由もそれでうなずけた。ドラマはフィクションである。史実と立証されていない資料をも取り込むのが常だ。脚色された後世の物語や絵の方が史実よりおもしろい場合が多いのである。この展覧会は、NHKスタッフが1本の大河ドラマを制作するのに、どのくらい熱心に裏付け取材をしているのかがわかるという意味で興味深い企画だと思う。しかし美術展としては疑問が残る。どこか楽屋落ちの学芸会じみたところがある。
カタログの序文で神戸大学名誉教授の高橋昌明氏が「清盛のめざしたもの」という文章を寄せておられる。氏は清盛が白川法皇の落胤(庶子)だったという説に立っておられる。大河ドラマのシナリオと同じである。それについては僕も同感である。清盛の出世の早さや、福原遷都を断行し、新王朝を打ち立てようとしたその姿は異様である。またよく知られているように、清盛没後の平氏は三種の神器とともに、結局は今上天皇(安徳天皇)を道連れにして壇ノ浦で滅亡する。そのような暴挙を為した理由を、単に平氏が貴族とは違う論理を持つ武家だったからだと説明するのは説得力に欠ける。藤原摂関家はもちろん、鎌倉以降の武家の誰一人なし得なかった分を越えた天皇家への接近は、清盛が天皇家を自らの血筋と捉えていたからだという仮説は十分魅力的である。しかし清盛白川法皇落胤説は史実として立証されていない。またもっと大きな問題は、必ずしも落胤説の真偽ではなく、せっかくの高橋氏の序文が展覧会を貫く主題になっていない点にある。
会場に張り出されていた「平氏ニュース」はカタログにも掲載されているが、それは時間を追って平氏の動向をニュース記事形式にまとめた短文である。しかし会場の展示もカタログの掲載順も時系列に沿ったものではない。仮説やアイディアは随所にちりばめられているが、どれも展覧会を貫く主題ではない。はっきり言えばこの展覧会とカタログは、苦心して借り集めた文物によって展覧会の意図を主張するのではなく、大河ドラマを見る視聴者のための副読本として位置付けられているというのが一番すっきりした説明だろうと思う。メインはあくまでこれから放映される大河ドラマであって、展覧会はその番宣である。ならば大河ドラマ『平清盛』のストーリーを全面に打ち出し、それに沿って遺物を並べ、仮説を含む大胆な解説を付けた方が良かったのではないかと思う。
『清盛』展が拡散した印象を与えるのは、NHKの企画骨子に博物・美術館スタッフの意見をできる限り取り入れたためなのかもしれない。しかし十分な議論がなされたとは思えない。「それもいいですね」といったゆるさでアイディアを寄せ集めた感じである。美術そのものを見せるのか、歴史(一種のシナリオ=ストーリー)をメインに美術を再構成して展示するのか、スタンスがはっきりしない。大河ドラマのおかげで大入りならそれで良いというのなら批評は無駄だが、便乗ではなく博物・美術館がほんとうに独自性を打ち出したいのなら方針を見直した方が良いのではないかと思う。
総評、展示方法、カタログともに75点です。他の博物・美術館がうらやましがるような素晴らしい展示物を揃えたのに、展覧会自体の主張が感じ取れなかったので、あえてマイナス5点。1階の展示室は多目的であるため照明が明るく、公民館の蛍光灯の下で展示を見ているような感じがしたので展示方法もマイナス5点。カタログもマイナス5点。「るるぶ」的な平家ゆかりの地の写真紹介まであるのですが、詰め込み過ぎです。辛口になってごめんなさい。次回以降の企画展に期待しています。
鶴山裕司
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■