ポアンカレ予想・100年の格闘 - 数学者はキノコ狩りの夢を見る
NHK BSプレミアム
12月10日(火) 0:45~(再放送)
ポアンカレ予想という難題を解いた数学者がフィールズ賞の受賞を拒否し、引きこもって誰にも会おうとしない、という話は聞いたことがあった。数学者ってのは変わってるからね、で済ませていたエピソードを、そのポアンカレ予想、解かれるまでの他の数学者たちの研究、解いた本人の軌跡をわかりやすく描いたドキュメンタリーである。
まず素晴らしかった点は、実写と CG を組み合わせた映像である。ポアンカレはトポロジー(位相幾何学)の創始者で、このトポロジーの基本概念(すべての図形を、穴が空いているかいないか、空いているならいくつか、のみによって分類する)を説明するには、CG はもってこいだ。さらにそれが教育テレビふうでなく、大変センスよく実写とコラージュされ、お洒落であった。
だがそのトポロジーではなく、古めかしい微分幾何学と物理学でポアンカレ予想が解かれてしまったという、トポロジストたちのショック。考えてみれば最初のトポロジストであったポアンカレも、予想するだけで解けなかったのだ…。
番組はしかしながら、この素晴らしい映像を駆使し、もう少しスピーディに情報を詰めてもらってもよいのではなかったか。数学の解説が目的の番組ではなくて、数学者たちの苦闘を追いかけ、彼らの世界を覗くという人間ドキュメンタリーであるのはわかるが、親しみやすさやドラマチックな盛り上がりを重視するあまりか、本題に入るまでが特に冗長である。アールヌーボーからポアンカレのトポロジー幾何学への連想は面白くて、画像によるものならではだが、一瞬の重ね合わせでよくないか。またポアンカレの業績も知らないアホ学生の談話など、別に必要ないと思う。
また中心的なことで違和感があるのは、ポアンカレ予想を解いたロシアの数学者、ペレリマンが「行方知れず」と繰り返されることだ。取材クルーは、ペレリマンが現在住む町のアパートの玄関前まで行っているし、ノックをしても返答はないものの、数ヶ月に一度は姿を見かけるという大家の話も聞いている。
森にキノコ狩りに出たことから、「キノコ狩りをして」暮らしていると言われたり、隠し撮りをされたりと、まあ迷惑なことだろう。もともと陽気で社交的だった男が、ポアンカレ予想に取り組んで以来、人が変わったようになった。が、それは他の数学者も同じで、仕事に夢中になれば、男はそんなものではないか。
フィールズ賞もその賞金100万ドルも拒絶し、逃げてしまったことから一番考えられるのは、さらなる難題に集中しているということだ。幻のような、そして天啓のようなものを掴むため、日々集中してきたのだろう。ポアンカレ予想の証明が完成した瞬間、宇宙を創った神が自分だけに微笑んだと感じて当然だ。さらに深い神秘に到達しようとするのに、受賞騒ぎなどに巻き込まれては、すべてが霧散してしまう。そんな世界に帰りたくないと思うのは自然ではないか。
俗な物書きですら、人との接触を遮断したがることはしばしばある。そんなとき我々は資料を山積みにするが、忘れるべからず、数学というのは紙と鉛筆があれば事足りる。奇異なことなど何もない、ただ仕事をしているに決まっている、と思う。賞さえくれば大満足の連中は、どこの世界にもいるが。
山際恭子
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■