鶴山裕司の小説について考える文芸誌時評―No.003 武田綾乃「ここはこどものいない国」(小説現代 2026年4月号)をアップしましたぁ。誉め合いになっている現代の文学批評の批評が中心です。三十分くらいで書き飛ばしたようなスピード感がありますね(爆)。実際、そんなに時間をかけていないでしょうけど。
小説は物語なのでドラマ化されたりして話題になりやすい。しかし大衆小説でも売れている本や作家はほんの一握りだ。多くの大衆小説家があっぷあっぷし始めている。純文学の世界はなお厳しい。このままだと名前が知れた作家でもあっても、詩集と同様に出版社から自費や半自費なら出版できるんですがと言われかねない。一九八〇年代くらいまでに作家デビューして文壇でそれなりの要職に就いたりしている作家は逃げ切れるかもしれないが、九〇年代以降のデビュー組はヤバイ。恐らく逃げ切れない。小説家も○○誌に書きました、○○賞を受賞しましたのポイントが無効になってしまう日が来そうだ。現状は崩壊寸前までしっかりして見えるが気づいた時には手遅れで沈み始めた船から逃げ出せないことはよくある。作家はそろそろ性根を決めなければならないでしょうね。女の子的に抜け駆けして、男の子的に現代に呼応した社会軸を得るのが理想ですけど。
鶴山裕司
原稿料が比較的高い大衆文芸誌を中心に、月刊誌の合併号が増えています。短歌、俳句の世界でも廃刊になったり合併号になったりしている。鶴山さんは文学評価の社会的軸が失われたのでその評価はどこどこの雑誌に書いたとか、ポイント制になっていると書いています。まあそのとおりですが、ある日ポイントが消えてしまうかもしれません。新聞や週刊誌も安泰ではない。でも最後まで〝既存権威〟にしがみつく文学者はいるんでしょうね。
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