鶴山裕司の小説について考える文芸誌時評「No.001 はじめに」、同「No.002 佐倉ユミ「ケラルの城」(すばる 2026年3月号)」、同短歌・俳句について考える歌誌・句誌時評「No.001 はじめに」をとりあえずアップしましたぁ。
鶴山さんが書いておられるように、日本文学はほぼ官公庁縦割り行政のようにジャンル別に孤立しています。作家はもちろん批評家も特定ジャンルに視線が釘付け。ということは、必然的に特定の○○壇に視線が集中することになる。ほんでもって、欧米では作家が詩と小説など複数のジャンルの創作を手がけていることを不思議とも思わず、なぜなの? と考えることもない。ポストモダンの哲学者が詩や小説を自在に批評するのを有り難がっても、それについてもなぁぜ、と考えない。ひたすらはー、そうか、さすがだねぇ、スゴいねぇと翻訳して注釈書で讃辞を送って終わり。
んなことを書くとツルヤマさんみたいに嫌われて敬遠されるのでもうやめます(爆)。石川、へたれですから。ただ現代は社会全体の大きな変化に呼応して、文学も大きく変貌しようとしている時期です。しかし変革期なのにそれを捉えて具体的な形に練り上げようと、必死に足掻いている作家はすごく少ない。
文芸誌、どんどん減っていくと思います。作家志望でもリアルタイムで文芸誌・詩誌を読んでいる人は少ないと思いますが、実際、合併号が増加しています。ホントにヤバイ状況なのです。ま、誰も信じないでしょうねどね。
■鶴山裕司の小説について考える文芸誌時評「No.001 はじめに」■
■鶴山裕司の小説について考える文芸誌時評―No.002 佐倉ユミ「ケラルの城」(すばる 2026年3月号)■
■鶴山裕司の短歌・俳句について考える歌誌・句誌時評「No.001 はじめに」■
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