
俵万智さんの「白き父」が第六十一回短歌研究賞を受賞されました。お父様の死を悼んだ歌集です。肉親の死は誰にとっても大事件です。仲睦まじかった家族でもギクシャクして憎み合うような関係であってもそれは同じ。ただそれを雷鳴のような一瞬の言葉の閃きで表現できるのは短歌の特権です。
俳句は写生が基本なので死を絵のように相対化しなければなりません。自由詩の詩人たちは前衛的であればあるほど実生活を表現しにくくなる。現代詩の詩人で肉親の死を作品化した詩人は数えるほどしかいません。小説は「悲しい」だけでは済まない。〝その前と後〟に焦点を充てる表現です。もちろん歌人もそうなのですがほんの一瞬で消えてしまう悲しみを短く高いレベルで言語化し得るのです。
大谷が結婚しても藤井くん負けても真顔のまんまの遺影
だいぶ前にこの歌を読んだのですが「俵さんが先に〝大谷〟を上手く使っちゃったたなぁ」と思ってしまいました。僕は少し前に母親を亡くしました。人並みに悲しかったわけですがその際にテレビが大谷選手のホームランを大々的に放送しているのを見て個人の重大事とは関わりなく世の中は動いてゆくんだなと思ったのでした。ちょっと〝やられた〟という感覚がありました。
現代をどう表現するのかは創作者にとって大変重要な問題です。この〝現代〟は公的な面すなわち社会性と個人的な面に大別できます。たとえば塚本邦雄・岡井隆に代表される前衛短歌は社会性表現にウエイトを置いていました。それはニューウェーブ短歌もおおむね同じです。口語と現在形の多用という〝書き方〟によって現代を表現しています。前衛短歌やニューウェーブ短歌の書き方は時代の雰囲気を捉えているので同時代の多くの歌人が共有できるパラダイムになったわけです。
ただ現代詩の書法と同様に歌の書き方も平板化しやすい。似たような表現になりやすく表現できる題材も限られてしまう傾向があります。ニューウェーブ歌人から見れば伝統的短歌はどれもこれも同じに見えるでしょうが逆もまた真なりです。前衛短歌やニューウェーブ短歌の書き方で肉親の死去を素直に表現するのは難しい。書き方に縛られる。
3から5、5から10へと増えてゆく酸素の意味を理解する朝
「お父さん万智やで」としか言えなくて「やで」ってなんやと思う枕辺
心って燃えるんだっけ骨となり箱詰めされてゆく白き父
我よりも我の短歌を暗唱しその短歌ごと消えてしまえり
死の朝に握り返してくれた手は花だったそして言葉であった
偉そうなところほんまになさすぎてそこがほんまに偉かったひと
父逝きて初めての雪 思い出し泣きという語の辞書にはあらず
苦しみに「ワシの」とつけて戦った父の孤独に線香を焚く
音楽が世界に色をつけてゆくことを知る朝、水をやらねば
父の死を美化して語る母といて書き割りのような今年の桜
俵万智「白き父」短歌研究賞◆受賞作二十首より
俵さんの書法は自在。現在形も過去形も使えば文語体も活用しています。そして表現する題材にまったく禁忌がない。加えて高いポピュラリティがある。俵さんは当分歌壇のトップランナーであり続けるでしょうね。
楠 百人一首にも関わりますが、和歌は朗詠するということがすごく大きいと思います。ご縁があって城南宮の曲水の宴に参宴させていただいていますが、(中略)詠んだ歌を神職さんたちが披講してくださるんです。(中略)現代短歌は「(目で)読むもの」になっていますが、和歌は「朗詠するもの」なんだなと思って、その違いは大きかったですね。
野村 和歌で私たちが大事にしているのは共有することです。声に出してちゃんと詠むことが共有することにつながるんです。一人で詠んだらだめで、空間を共有して、みんなで声を合わせて歌い上げて味わうことにつきると思います。でもから、和歌は声に出した時に歌いやすい歌がいい歌なんです。
特別対談「あたらしい人、定家」野村渚×楠誓英 天野慶(コーディネーター)
今号では短歌研究社主宰の第一回定家賞を受賞された楠誓英さんと冷泉家後嗣の野村渚さんの対談が掲載されています。コーディネーターは天野慶さんです。定家賞受賞は嬉しかったと思いますが冷泉家のお座敷で後嗣の野村さんと対談できるのは最高のご褒美ですね。本当にうらやましい。
短歌はすべての日本文学の母胎です。俳句はもちろん歌謡や物語(小説)も短歌から生まれました。明治維新後の自由詩の接続母胎となったのも明星派に代表される短歌。日本独自の小説と言われる私小説もまた短歌と深い関係を有しています。こういったことは拙著『正岡子規論』「Ⅲ 短歌革新―短歌の原理」で書きました。
ただ比較すれば明らかですが短歌の宴と俳句の座は質的に違います。また俳句では季語必須ですが近・現代短歌はそうではありません。しかし俳句の座の滑稽猥雑も季語の循環性も元々は短歌が有していた特性です。それを社会(世界)の変化に応じて短歌が俳句に譲り渡していったのです。そういった他ジャンルでも共有できる特性を溯ってゆけば短歌の原理のようなものに行き当たります。声です。
本居宣長は『古事記伝』でやまとことばについて論じました。折口信夫の『国文学の発生』や吉本隆明の『初期歌謡論』も同質の探求です。歴史の闇に霞んでその初源を特定することは絶対にできませんが彼らが探求したのは原日本語の姿です。それは最初は声だった。そして声(言葉)によって世界を分節表現する形式として和歌が生まれた。和歌という汎用的形式によって古代人が競うように世界を多用に分節表現していったことは猥雑で多岐に渡る『万葉集』を通読すれば明らかです。
楠 そろそろ定家についてお聞きしたいと思います。定家の書ってとても個性的です。(中略)肉筆の書を見ると吃驚してしまいます。父の俊成とも全然違っていて、肉太で放ち書きなんですね。あの個性的な書体はなぜ生まれたのでしょう?
野村 大変印象的な字ですね。(中略)定家は公式の場で書く時とそうでない時とは別の字体で書いていることが指摘されています。また、連綿体になっていない一つ一つが離れた字は、物事をちゃんと伝えようという意思が大きく働いているのではないかと言われています。おそらく、一つ一つの文字を正確にちゃんと読み取ってもらうために、かつたくさんのものを速く書き写す、というなかでできた字体です。
同
定家の書は冷泉家周辺では「定家様」と呼ばれて珍重尊敬されていますがハッキリ言って悪筆です。書に美意識が感じられない。〝書〟が〝字〟になっていると言っていい。その理由を野村さんが的確に説明しておられます。
ただ定家で和歌の歴史はピークに達します。日本の和歌(短歌)の大きな峰を成すのは『万葉』『古今』『新古今』の三歌集です。中でも定家は古代と中世を繋ぐ最重要の歌人です。定家―実朝から俳句の発生まではあと一歩。それは書を見ても分かります。和歌が相対化されているのです。
鶴山裕司
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■


