一.マロ
毎夏愚痴っているが、暑い日には外に出たくないので、呑みに行く回数が激減する。言い換えるなら、風が吹いたら→砂埃が舞う。そのまんま。桶屋の出番ナシ。それでも呑みたい時には頭を使うしかない。まあ長きに渡って取り組んでいる問題なので、画期的なアイデアが出ないことは薄々分かっている。今のところ効果は少ないが確実な抜け道は二つ。ひとつはハシゴしないこと。即ち、一軒目で全部済ます。うまくいきそうだが、意外とこっちの方が散財する。なので本日はふたつめの抜け道で。こっちはシンプル。暑さが緩いうちに呑み終わる。所謂朝呑みコース。抜け道と呼ぶのも気が引ける力業だが仕方ない。早速大久保のリトルコリア目指して午前中から出発。数軒チェックしている店がある。
なるべく安価に涼しく、となれば新宿の地下街利用がベスト。大ガード越した辺りまで進めるが、途中で野暮用を思い出し一旦浮上。大丈夫、まだ涼しい。諸々済まして通りかかったのは老舗の横丁。ここ最近ずっと混んでいた中華屋「G」がガラ空き。ドアは開いている。一歩入ればすぐに椅子。奥から豪快な調理音。このラフな雰囲気が堪らない。気付けば座って酎ハイをオーダー。嗚呼。いつものギネス小瓶にしなかったのはネクストがあるから。肴は悩んだ結果、牛もつ煮込み。いつもの木耳玉子炒めにしなかったのは以下同文。目標:サッと呑んで/パッと出る。ただし人生は難しい。昼に向けてカウンターの席は埋まっていく。旅行者、労働者、暇人等々、雑多な人々が醸す気忙しさに時間を忘れ、気付けば外の気温は急上昇。リトルコリアは別日と決め、結局ギネス小瓶をオーダー。
サルサに興味を持つ前からラテン・ロックは好きだった。ラテン・ロック、という名称がピンと来なければサンタナをイメージすれば無問題。代名詞ってそういうこと。界隈を聴き進めると出くわすのがサンタナの弟のバンド、マロ。兄カルロスと同じくギタリストのホルヘは、後年サルサのスーパー・グループ、ファニア・オールスターズにも参加。結構期待値上げた状態で数枚聴いたことを覚えている。結果はパーフェクト。特に70年代に発表した四枚はどれも好みの音。兄の方には時折り胃にもたれるようなギトギトさがあるが、弟は意外と爽やか。雑多な音色の捌き方が非常に巧い。かといって小ぢんまりではなく、やんちゃ/野蛮な音の塊が直接腰にくる。バンド名の「マロ」はスペイン語で「ワル/不道徳」と聞いて納得。
【 Oye Mama / Malo 】
二.カルトーラ
実は暑さを避ける抜け道がまだあった。そう、涼しい日に出かける。もはや抜け道ですらないが、最高気温が二十度台の日ならマシだろうとトライ。行き先は人形町の酒店「K」。創業百余年(!)の大老舗の店内はもちろんキンキンに冷えてはいないが、軽やかさに似た清涼感を感じられる。客層は仕事帰りの中年男性が多いにもかかわらず、だ。道すがら理由を考えていたが、やはり人生の大先輩である店主の穏やかな居住まいが理由かなと思う。自らも呑みながら、場の空気にすっと溶け込む感じは圧とは無縁。満員御礼のところをするっと入り、諸先輩方にスペースを譲ってもらいながら大瓶をちびちび。温度計では測りきれない涼をいただきました。
それが目出度いかどうかは人それぞれだろうけど、人生百年時代。「遅咲き」という言葉が示す値もずいぶんとズレてきたはず。ブラジル音楽の最重要人物のひとり、カルトーラもかなり遅咲きで、企画アルバムに参加する形でメジャーデビューを果たしたのが六十歳、還暦のタイミングで、自身の名前を冠したデビュー盤(’74)をリリースした時には六十六歳。なんだか凄まじい。若い頃は歌手に曲を提供したり、と長い活動歴を持つ彼の旋律は美しく、淡々とした歌声との相性は抜群。生涯に残したスタジオ盤は四枚、最後の録音は七十歳の時だが、なんとその四年後に行った公演をライヴ盤として死後リリースしている。なんともはや。
【 Tempos Ido / Cartola 】
三.町田町蔵
人形町で精神的に涼んだ後は新橋へ。魅力は呑み屋街を内包した建物が複数あること。これなら極端な暑さに襲われることはなさそう……なんて安心している時が一番危ない。ふと通りかかったのは酒店「T」。此方は元々角打ちができたのだが、十年ほど前に伺った時は既にやめていて素っ気なく断られた苦い記憶がある。それ以降、特に気に留めることはなかったが、今回店の前を通り過ぎる際に何気なく視線を投げると、通りに向いたケースには大瓶と500mlの缶だけが、結構余裕を持って並べられている。コケシを飾っているみたい、といえば情景が浮かぶだろうか。そしてその奥には昔から置いてある長テーブル。普段ならスルーだが、街の暑さは人を狂わす。くるりと方向転換をして入店。何も知らないフリで「呑めるんですか?」とテーブルを指さしてみた。さあ、どうなる。座っていたオカミサンは苦笑いしながら「いえいえ」と。嗚呼。無論手ぶらではアレなので、「ですよねえ」とこちらも苦笑いで500ml缶を購入。軽く予定も狂ったが、これだって暑さのせい。
今回、最後は涼しい楽曲を紹介しようと決めていたが、聴いているうちに果たして涼しいかどうか分からなくなってきた。作家・町田康の町蔵時代にリリースしたソロ・ミニアルバム『ほな、どないせぇゆうね』(‘87)。当時は明快さを求めていたからか、あまり響かなかったが、先日久々に聴くととても良かった。涼しいかも、と感じてしまうくらいだから、きっとそりゃもう。今更だが、やはり彼の素晴らしさは言葉と声。個人的には年々、声の方に惹かれがち。思えばずっと彼は「声」の人で、INU時代の名盤『メシ喰うな!』(‘81)の不穏な呟きや、映画『爆裂都市』(’82)における咆哮シーンなど挙げればキリがない。涼しいかどうかはさておき、是非ご一聴あれ。
【木偶の棒陀羅 / 町田町蔵】
寅間心閑
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■