一.ジョナサン・リッチマン
先月は二度の旅。その皺寄せか、ここ最近心身ともに少し鈍い。気を張らなければ一拍遅れそうになる。なのに日々することは変わらない。酒は呑むしアルバムも聴く。ただ賑やかな店や音楽はちょっと遠慮気味。こんな感じは初めてかも、と走馬灯のサンプルを回してみる。うん、確かに経験がない。これは旅のせいではなく、年齢のせいかも――なんて、元も子もない。
そんな折、一緒に呑み歩く数少ない友人と、タイミングよく会うことに。別に呑み歩きに限らないけれど「相性」というのは大事で、酒が好きでも強くても、いろいろ店を知っていても、何なら付き合いが数十年に及んでいても、合わない人は合わない。人間だもの。
池袋辺りで少し勢いをつけてから、乗り込んだのは東武東上線。目指すは大山。ご存知、有名な商店街だけでなく、生まれて初めて使用した音楽スタジオがある街。当時義務教育中で、まだバンドでもなかった。興味ある御学友たちと恐る恐る。どんな曲を合わせたかなんて覚えていない。もしかしたら曲なんて演奏していないかもしれない。覚えているのは音量。アンプから溢れるギターの音の大きさは忘れられない。もちろん上手くはないし、ほぼ何も分かっていなかったが、家では出せないレベルの爆音に一発でやられてしまった。ヤベえな、これ。そんな風に震えてしまった。
そんな記憶と共に訪れたのは、酒屋さん「S」。早い時間から角打ち可能な優良店。真っ昼間ということもあり、先客は我々のみ。瓶ビールで何度目かの乾杯をして、時折り取り留めのある会話をポツポツと。何か肴を求めるでもなく、瓶をもう一本いただき再びポツポツ。初めて寄らせてもらったが静か、というか、のどか。今の気分にぴったりと喜びつつ、記憶の中の爆音に耳を澄ます。
改めて思い返すまでもなく、のどかな音楽にはあまり縁がない。たとえば静かな音楽は好きだけれど、静かなだけでは、ちょっとねえ。音色の裏に、緊張感やアイデアが詰まっていないと。まあ確かに「緊張感」と「のどか」は相容れないかもなあ、と取り留めなく考えて数日。昨晩ふと一人の男を思い出した。その名はジョナサン・リッチマン。
彼の手による名曲「ロードランナー」は、ピストルズもカヴァーしたシンプル・チューン。ではバリバリのパンクス かというと然に非ず。いや、それどころかパンクとは相容れなさそうな脱力度合いが彼の持ち味。声だけではなく音色全体に漂う浮遊感は、結構衝撃的。ちなみに最近の作品にもその浮遊感はあった。そして彼は予想以上に多作。ちなみに国内で似た雰囲気を感じるのはギターパンダこと山川のりを。彼はジョナサンの曲名と同じ「アイスクリームマン」というバンドを従え素敵なアルバムを2枚作っている。
【 Ice Cream Man / Jonathan Richman & The Modern Lovers 】
二.ヤング・マーブル・ジャイアンツ
新宿三丁目駅の地下改札へ降りる途中にあるイタリアン『I』。こちらのスタンドコーナーも昼から呑ませる優良店。立地も相俟って雰囲気はカジュアル。妙な気取りはない。先日久々に訪れたのは中休み前。客数も少なくのんびりと。まずはワイン300円。本場さながらに「オンブラ」表記。原義は「日陰」。納得の理由で現地ではこう呼ぶらしく。肴はプロシュート250円。いや、これが良かった。フワフワになるほど薄く削られ、塩味補給にぴったり。日本酒呑みながら塩を舐めるあの感じ。舌の上で解ける感触も心地よく、ではではとオンブラの赤追加。アルコールと塩味。最低限の組み合わせ「ながら」、ではなく「だけに」深みのある満足感。
音数の少ない作品は珍しくない。サックスのみ、ギターのみ、ピアノのみの名盤はある。ただ大抵は音色が豊かで、聞き心地は豊か。物足りなさはあまり感じない。逆に濃密さが際立つ瞬間が多々ある。
ポスト・パンクの伝説、なんて凄いフレーズを付けられることもある男男女バンド、ヤング・マーブル・ジャイアンツが唯一残したアルバム『コロッサル・ユース』(’80)には、物足りなさと頼りなさが同居している。聴いた感じ、実際の音色数より少なく思うかもしれない。その特殊なスタイルに「批評性」を見出す向きは多いが、まずはその個性、そしてジワジワと見えてくる美しさを楽しみたい。
【 Choci Loni / Young Marble Giants 】
三.リクオ
先週末は神楽坂をフラフラ。明るい時間に行くのはほぼ初めて。夜とは違う街の顔になるほどと感心。当たり前だが、夜は見えないものが多い。よく行くあの店の周りってこんなだっけ、と驚いたり。そんな散策の途中、通りかかったのは土佐の野菜やお酒を揃えた「B」。店内で立ち呑んでいる人の姿を見てしまい、程なく入店。美味しいクラフトビールをいただきつつ、並べられたお惣菜からタケノコをチョイス。所謂角打ちとはまた雰囲気が異なり、壁に貼られた四国の地図を見ながらオネエサンの地元話を拝聴。そうそう宇和島で闘牛見たよなあ、なんて思い出しているうちに、またムラムラ/メラメラと旅への想いが。これを快復と思えるうちはまだ大丈夫。
ピアノマン、リクオを初めて観たのはデビュー間もない時期、青山の会場だったと思う。人に誘われ何も知らない状態だったが、とにかく曲が良く、その後ミニアルバム『本当のこと』(‘90)もデビュー盤『時代を変えたい』(‘91)も購入した。セッション・プレイヤーとして驚異的なキャリアを誇る彼のステージは、タフでパワフル、そしてサービス精神に溢れている。どれか一曲といえば、イタリアの大衆歌謡(カンツォーネ)「ケ・サラ」(‘71)の越路吹雪版をベースに、後半部、歌詞を自分の言葉に置き換えたヴァージョン。こうして鈍ってしまった時に聴くと、どうにか快復しなくちゃと背筋を優しく伸ばす気になる。
【ケ・サラ / リクオ】
寅間心閑
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