一.cero
終電、そして始発の時間など気にせず、夜遊びをしていた時期が十年ちょっとある。当時の行動パターンは単純。馴染みの店に行き、馴染みの顔に会い、他の店に流れたり、そこで朝まで呑み続けたり。基本的にはこのパターン。「馴染み」が増えれば行動範囲は広がるが、やっていることは一緒。あの頃、呑んでいる時は必ず誰かと喋っていた。ひとりで呑み歩くようになったのは、その反動かも。
呑むと眠くなるのは昔から。今に始まったことではない。終電を逃しても、歩いて帰れる場所なら無問題。二時間くらいなら何とかなる。遠出をした時のルールはひとつ。電車の中で座らない。これだけ。だった一駅、と油断して腰を下ろしたら最後、睡魔に連れられ望まぬ長旅が始まってしまうーー! でもまあ、完璧な人間はいないし、ルールは破る為にある。年に数回は意図せぬ旅人に。つい先日もやらかした。足を伸ばしたのは八丁堀。ちょっと人形町で景気をつけたのが良くなかったか、気が緩んでいたのは確か。目指したのは、コロナで長らくご無沙汰していた呑み屋「I」。ダラダラと落ち着かせてくれる居心地のよいお店。ママさんに無沙汰を詫び、常連さんから界隈の情報を教えてもらい……までは覚えている。目覚めたら店どころか都内を後にしていた。――蘇我駅。おお、と声をあげながら自分に言い聞かす。慌てても仕方ない。始発まで、いや、それに乗って帰宅するまでの辛抱だ。始発が出るまで四時間ほど。当てのない場所で深夜ひとり。小旅行と思えなくもないな、と頭を切り替えイヤホンを耳に。こんな時に聴きたい音楽がある。
ceroのアルバムは聴いていたが、3枚目『オブスキュア ライド』(’15)のインパクトは強かった。一曲目が、がっつりディアンジェロ。俄然盛り上がり、その期待は最後まで裏切られず。日本語の届き方も心地よく、夜歩く時のBGMに最適だと思えた。何かの影響を受けたことが露わな音楽は信頼できる。それは言い過ぎだとしても、自分の好きな音楽の匂いがすると期待値は急上昇。近親憎悪の可能性もあるけど、過去そのパターンは少なかった。次作『ポリ ライフ マルティ ソウル』(’18)も同様に、いや、それ以上に評価が高く、なるほどと納得もした。きっとこっちの方が凄い。今もそう思っている。でも事あるごとに聴いているのは3枚目。蘇我の夜もこのアルバムのおかげで快適に過ごせた。やはり夜歩くのに最適。軽く雨に降られたけれど、それでも良い小旅行だった。
【 ticktack / cero 】
二.ディヴァイン・コメディ
ひとりで呑む気軽さはとても有難いけれど、ひとりだからこそ入りづらい店もある。たとえば飲み放題。誰とも話さず二時間飲み放題は、さすがにパスしたい。なので先日、友人とそんな店を訪れてみた。場所は経堂。一軒目は駅近くの居酒屋「H」で美味しいものを少しずつ。飲・食共に余裕を残しながらの二軒目、カフェ「M」へ。此方はひとりでも訪問経験あり。今まで横目で眺めるだけだった飲み放題メニューをオーダー。二時間1000円。おお、これはひとりだと危険。チューハイ、ラムコークとそれぞれ頼み待つこと数分。マスターが運んできたのは、焼酎とラムのボトル、割材のソーダとコーラ、そして氷。全く予想外のシステムにキョトンとしていると、「おつまみは隣のコンビニで買ってきて」。気を落ち着ける為にまず乾杯して、状況把握。これはアレだ、溜まり場化している友達の家だ。呑み屋でコンビニのホットスナックを食べながら、80年代洋楽のMVを肴にダラダラと。快適すぎて気付けば眠りこけていた。友人は少々飲み過ぎたようでトイレに。お客は外国人の男性二人連れが御来店。と、奥から友人の声が。「大丈夫ですか?」。聞けばマスターがダウンしていたらしい。ひとりでは味わえない眺めに感謝しつつ、友人の回復を待ってお勘定。なぜか一人分の請求しかしないマスターに、二人分をお支払いして店の外へ。一度睡魔に連れて行かれたおかげで、丁度いい酔い心地。少しだけならフワッと飛べそう。
二十代の頃、企みのある音楽が好きで、ドロッと甘い旋律も好きなら、と当時のバンドメンバーに教えてもらったのが、ディヴァイン・コメディ。おお、ダンテ。名前からして期待が募るそのバンド、というか中心人物ニール・ハノンの音楽には今もよくお世話になる。モンドだチェンバーだと、好き勝手に呼ばれているが、実際聴いてみれば呼び方なんて瑣末なこと。初期の楽曲はどれも好みだが、タイトルだけでワクワクしてしまうのは3枚目『プロムナード』(’94)収録の「Tonight We Fly」。イントロのスネアが聴こえた瞬間、実際舞い上がり、滑空しているような心持ちにさせてくれる。
【 Tonight We Fly / The Divine Comedy 】
三.ルー・リード
昔の「馴染み」と会う機会は激減したが、たまに重なることもある。場所は下北沢。馴染みAの店で閉店まで呑んで、馴染みBの店へ。程なく店を閉めたAが御来店。こうなったら、そういうことで、もう仕方ない。翌朝無事に自宅で目を覚まし、途切れ途切れの記憶を思い出す。きっと呑んで → 話して → 眠って → 起きてのループ。特に「眠って → 起きて」の辺りが幾重にも。店の場所は覚えているけど名前を知らないので、思わず確認しに行った。居酒屋「S」。ほぼ24時間営業と話していたような。もしや此方が新しい「馴染み」になるのかも。
リアルタイムで聴いたルー・リードの新譜は『セット・ザ・トワイライト・リーリング』(’96)。メロウな旋律と、歪んだギターのギャップが面白く、すぐに気に入った。多分「馴染み」と呑んでいる時、こんな感じなんだろうと思う。穏やかに話していた次の瞬間、何かのスイッチが入って声がデカくなったり、ゲラゲラ笑っていたのにパタンと突っ伏して眠ったり。思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々を過ごしております。from『男はつらいよ』。
【 Trade In / Lou Reed 】
寅間心閑
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