一.ユース・オブ・トゥデイ
物騒な世の中になってしまった。そんな声を呑み屋で聞いたり、スマホで読んだりすることが多い。勝手に売買された個人情報をもとに、電話で現状を確認され、ある日強盗がやって来る。実行犯は捨て駒で、指示は海外の収容所から。そんな大胆かつ緻密な構図に、生々しい説得力を与えるのは、国力の衰退。そんな認識が浸透すればするほど、人心は荒み衰退に拍車がかかる。悪循環。近い将来、間違いなく忌まわしいことが起きるだろう――。そして悪い予感はよく当たる。つい先日、久々に職質されちまった。真っ昼間。しかも観光客で混雑する浅草寺の真ん前。数分前に角打ちで仕入れた酔いが、形を変えつつ消えていく。
細かなやり取りを振り返りはしないけど、印象的だったのは身分証の呈示を求められたこと。ワタシ、こんなの初めて。以前は名乗ろうとすると「大丈夫、大丈夫」と止められたりしたのに。免許証を照会されている間、行き交う外国人観光客の姿を眺めながら考えていたのは「役割」のこと。まさかとは思うが通称捨て駒、押し込み強盗に見えたのだろうか。それとも国内にもいるかもしれない指示役。そうでなければ……と想像力をレベルアップしようとしたタイミングで疑いは晴れた。まずは一回、気持ちを鎮めたい。
こういう時に大事なのはスピード。ちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと呑んで、ちゃちゃっと退散。と、運良く立呑み屋発見。店名は「N」。ビールケース製のテーブル、店頭に先客二人、煮込み150円。素晴らしい。即チューハイをオーダー。まずは一口。くうっと眉間に皺が寄る。傍目には胃痛を堪えているように見えるかも。でも、それでいい。数十年前、諸先輩がたから教えられた「良い立呑み屋」の基準は、みんな辛そうな顔で呑んでいること。半分冗談だが、まあまあ真実。煮込みが来る頃には、ほらクールダウン。抜群の即効性。こんな使い方、無いに越したことはないけれど。
ロック、パンクの類なら、デビュー盤の一曲目は良い曲、もっと言えば最高傑作だと思いたい。世界との最初の接点。ハロー、ワールド。それ以外に最高傑作の置き場所、ある? 例えば米国産ハードコア・パンクバンド、ユース・オブ・トゥデイ。痺れる名前だが、前身のバンド名もヴァイオレント・チルドレン。感電しそう。属性としてはストレート・エッジ。とても雑に説明すると、伝統的なロックの価値観「セックス、ドラッグ、ロックンロール」のアンチテーゼ。酒、タバコ、ドラッグ、快楽目的のセックスはしない、という思想/ライフスタイル。「菜食主義」や「禁カフェイン」「動物愛護=反・革ジャン」というパターンもアリ。ちなみにヴォーカルのレイは、クリシュナ信仰に傾倒し修行僧になる。こんなインフォメーションも個人的にはとても好み。そして肝心の音は説明不要。デビュー盤『Break Down The Walls』(’86)の一曲目「Make A Change」。タイムは1分15秒(!!)だが、最初の5秒で内側の諸々は吹っ飛んでしまう。本当、抜群の即効性。
【 Make a Change / YOUTH OF TODAY 】
二.ミーターズ
このところ少し忙しかったり、少し億劫だったりして、秋津を訪れていない。何があるのかといえば駅前の立呑み屋「N」。あの雰囲気で、あの味を堪能し、あの幸福感を得たいのに。雑然としたムードに埋没しながらも、心身共にグルーヴィン。密かにリズムを刻んで踊っている。個人的に立呑み屋は二種類。前述の辛い顔系か、埋没系。両者に優劣ナシ。埋没系は経験上、店頭でモツ焼き/焼鳥を焼き、近所の老若男女が買っていくタイプに多い。先日、ふと思い出したのが柴崎の立呑み屋「M」。此方、正に店頭で焼き、近所の方々が買って行く。久々だったが、壁一面の落書きを眺めているうち早々と埋没。活気ある掛け声と、常連客のリラックスが心地よい。やはり最重要項目は「雰囲気」と再確認。そしてヒザナンコツ串がとても美味。
ニューオリンズ・ファンクの頂点、ミーターズの魅力のひとつは、バックバンドとしての輝かしい功績。以前紹介したロバート・パーマーやドクター・ジョン、アラン・トゥーサンなど後から知って感嘆/納得する事例が多い。初めて聴いたアルバムは5枚目『ファンクの覇者』(’74)。嗚呼、痺れる邦題。ここから遡るごとに飾りが削がれ、元々の音色が粗く太くなっていくイメージ。デビュー盤『ミーターズ・ファースト』(’69)の一曲目は、掛け声から始まるミディアムなジャム「Cissy strut」。シンプル/必要最低限だからこそ、自由なフォームで踊りやすい。
【 Cissy Strut / The Meters 】
三.ゴンチチ
たまには座ってゆったりと呑む。こういう時はメニューが多くて、穏やかに時間が流れる、割と賑やかな店がいい。思い浮かぶのは清澄白河の居酒屋「D」。此方で呑む時は辛そうな顔はせず、また雰囲気に埋没する訳でもない。ちょこんと座って、沢山のメニューを眺めながら、次どうしようかなと考えるだけ。大抵、森下の老舗「U」で熱燗を数杯呑んだ後なので、酒よりも肴メイン。和でも洋でも軽くても重くても、様々取り揃えたメニューはどれも等しく美味しくて、だからこそ迷うし、また飽きずに眺めてもいられる。
在宅ワーク中は音楽を流していることが多い。そう、「聴く」のではなく「流す」。仕事の効率を良くするためには、激しくなく、グルーヴィンでなく、歌詞はない方がいい。当然音量は抑え気味。気付けば国内屈指のギターデュオ、ゴンチチの登板回数が多い。意識して最初に聴いたのは映画『無脳の人』(’91)のサントラ。確かあれはウクレレがメイン。演奏技術の高さは勿論、曲のタイプも様々でどのアルバムも等しく快適だ。
亡くなった父親は趣味でクラシック・ギターを弾き、ブラジルのギターデュオ、アサド兄弟は彼から教えてもらった。ゴンチチを教えてあげればよかったな、と家で仕事をしながら考えたりもする。洗濯機近くの窓際に、彼の遺骨は置いてある。
【放課後の音楽室 / ゴンチチ】
寅間心閑
■ ユース・オブ・トゥデイのCD ■
■ ミーターズのCD ■
■ ゴンチチのCD ■
■ 金魚屋の本 ■
■ 金魚屋 BOOK SHOP ■
■ 金魚屋 BOOK Café ■