一.ザ・ビーチ・ボーイズ
同じ名曲なら八分より三分の方がベター。効率がいいということでは全然なくて、単にそのサイズの楽曲が好きなだけ。エルヴィス・コステロの初期のアルバム(正確には『オールモスト・ブルー』(’81)まで)のように、二、三分台の曲だけ、しかもスピードに頼り過ぎないアルバムは美しい――と、ここまで書いてフラフラと呑みに行ったのが運命の分かれ道。元々は三分間の楽曲を挙げるつもりだったけど、急遽二分に変更。別に劇的な出来事なんて何もなく、二分間の素敵な曲をいくつか思い出しただけ。呑んでいる時や、次の店への移動中は、たいてい音楽のことを考えている。
フラフラと足が向いたのは上野。どうしても行きたい店があった。呑み屋でなく海苔屋。少し前に切らしてそのままになっていた。道中、電話で在庫を確認して降りたのは隣の御徒町駅。立飲み「A」でサクッと呑んでからにしよう。と、目に入ったのは運営元であるスーパー「Y」。何やら売店らしきものが併設している。近寄れば、海鮮串や焼き鳥、メンチカツからビール、ホットコーヒーに甘酒と豊富な品揃えの売店。中でも魅力的なのは日本酒。八種類と品揃えが豊富なだけではなく、ワンカップ提供で税込み380円。しかも「お燗でどうぞ??」の文字が。これが決め手となり敢えなく陥落。というのも、寒い季節が来る度に思うことがある。気軽に燗酒が呑めないものか――。
缶ビールや缶チューハイならコンビニがある。そしてコンビニにはレンジもある。もちろんワンカップもある。ただそうする勇気がない。いや、勇気じゃないか。だったら、と考えてようやく浮かんだのがチェーン店の牛丼屋、定食屋。まあ、検証するまでもなく気軽さに欠ける。そんな八方塞がりの中、こんなスポットがあるなんて。若い店員さんに注文して待つこと……ん?、結構かかる。二分じゃきかない。後から来た客は、ビールだからかすぐ出てきた。そこから更に待ってようやく来たものは、コップに入ったワンカップ。なるほど火傷しないように、か。親切。さてさてようやく、と口をつけると結構熱い。いつも「熱め」を頼む身としては非常に有難い。しかもなかなか冷めない。どうやらちゃんと芯まで熱してくれたらしい。こんな店がもっとあればと思いつつ、寒空の下、ちびちび身体を暖める。
不思議な存在、なんて適当に誤魔化してもいいが、結局どう捉えていいかよく分からないまま時間だけが過ぎてしまった。そう、ビーチ・ボーイズのことだ。名盤『ペット・サウンズ』(’66)以降、数枚続く意外とアート的なウラ側だけでなく、初期のサーフィン音楽/リゾート・ミュージックというオモテ側だって、彼らの音楽は緻密なコーラスとアイデアに溢れている。この辺りはベスト盤『終わりなき夏』(’74)で確認可能。それこそが最大の魅力だと分かりつつ、野蛮な興奮を求めがちな耳は、父親の車を乗り回す少女の歌「ファン・ファン・ファン」(’64)を聴きたがる。初めて耳にしたのはランドセルの時期。当時人気絶頂だったC-C-Bのカヴァーだったはず。一回目のサビから延々溢れ続けるコーラスワークが堪らない。あっという間の二分間。
【 Fun,Fun,Fun / The Beach Boys 】
二.ロジャー・ニコルズ
無事海苔を手に入れお使い終了。ここまで来たら、あそこに寄らなきゃ。アメ横界隈では大瓶と煮込みだけにして、向かったのは田端。こういう寒い日には立飲み「S」。おでんの季節、いや熱燗の季節にぴったり。レトロでラフな店内は八分の入り。あんたも好きねえ。100円の大根とはんぺんを頼み、220円の熱燗をポットから直接注いでもらう。ここまで約二分間。せっかく来たけど追加はナシ。あと五分ほどでまた、海苔を片手に寒空の下へ。まだ呑めるし小銭もある。でもこれでいい。ギュッと詰まった濃いめを一口。こういう贅沢をしたくてフラフラと呑み歩いている。
ロジャー・ニコルズの名盤『ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ』(’68)を初めて聴いたのは二十歳を過ぎてからだが、もう少し甘くてもいいのにと思っていた。特にカバー曲のアレンジ。青臭い耳にはオトナすぎた。良いのは分かるけど、もうちょっと待って、という感じ。数年後、シングル音源をプラスしたコンプリート盤がリリース。追加曲の「Love Song, Love Song」(’67)の濃密な甘さにゴホゴホとむせ返りながら陥落。音色の圧のせいか疾走感もあり、あっという間の二分間。
【Love Song, Love Song / Roger Nichols Trio 】
三.ハイ・スタンダード
青臭く大の甘党の耳は、四半世紀ほど程前(??)のメロコア・ムーブメントに乗り遅れる。元々昔のレコードを聴く方がメインだし、なんて思いながらも何となくは気にしていた。そりゃラウドでスピーディーでメロディアスなんだから、気にならない訳がない。そんな中、決定的な一撃はある日突然に。何気なく見ていたフェスの映像、ハイ・スタンダードが奏でた曲は完璧だった。美しい旋律と起伏に富んだアレンジ、そしてラフな音色。タイトルは「ステイ・ゴールド」(‘00)。その後もムーブメントに乗ることはなかったが、あの曲が完璧だという想いは今も変わらない。四半世紀を飛び越える、あっという間の二分間。
世田谷代田が人気のスポットだという。半信半疑というか半分も信じていなかったが、「聖地巡礼」というキーワードで納得。実際行ってみると色々と眺めが変わっていて吃驚。明らかに「巡礼」している人たちも多く、「ほおほお」「へえへえ」と独りごちながら歩くうち立飲み屋「U」発見。ただその時は閉まっていたので、つい先日再訪。巡礼ではなく突撃。洒落ているけど落ち着く店内で、先客の会話と名物の餃子を肴にまったりと。気付けばBGMは「ステイ・ゴールド」。実は数時間前、メンバーの早すぎる訃報を聞いたばかり。きっと偶然ではないだろうと予想しつつ、密かに献杯。
【 Stay Gold / Hi-STANDARD 】
寅間心閑
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