今号は「祝20周年 R-18文学賞」の発表号です。正確には「女による女のためのR-18文学賞」でござーますわ。応募者は女性限定です。当初はエロティックな小説というカテゴライズでしたが2012年から「書き手の感性を生かした小説」というカテゴライズに変わりました。応募資格も「性自認が女性の方に限ります」となっています。つまり性同一障害の方で女性と自認していらっしゃる方も応募可能になったわけね。
エロティックな小説という応募規定が外れたのは、ま、当然よね。ネット時代に文字媒体のエロティック小説って分が悪いわ。もち小説にエロスは必要ですけど、それを目的化すると妙なことになっちゃうわね。「エローい」と感じる小説の記述はありますけど、それは別に男女性愛に限らないわね(男男性愛、女女性愛でも同じですけど)。文脈が必要なわけ。50枚までのR-18文学賞でそこまでもっていくのはキツイわね。
昔は、っていってもいつまでかは定かではありませんが、スポーツ新聞にエロ小説が必ず載っていましたわ。川上宗薫先生とか宇能鴻一郎先生、団鬼六先生なんかが代表ね。アテクシ、宇能先生の担当者だった編集者の方から、先生の連載内容の決め方の内幕をお聞きしたことがあります。なんでも先生はチャート図を持っていらして、X軸には女子高生、女子大生、人妻etc.と女のタイプ(?)が書かれている。Y軸には浮気、売春、風俗etc.のセックスのタイプが並んでいる。そんでそのチャート図を拡げて先生は「次の連載はどれにするぅ?」とおっしゃっていたそうです。プロのエロ作家らしいわぁ。お仕事なのよ。尊敬しちゃう。
セックスって常同性よね。いっつもおんなじことをやっている。性欲を満たすためだったらエロ動画とかの方が手っ取り早いのは当然です。だけどエロスとなるとちょっと敷居が上がるわね。何に対して、どんなことに対して情熱を傾けられるのかという人間の本性が絡んできます。ですから恋愛を始めとする精神的な機微が必要になります。となるとセックス描写は逆説的に付け足りになってしまう。ま、そうなるわよね、で終わっちゃって、で、次は? の興味の方が強くなります。その敷居をちゃんと意識しないとプロエロ小説家にはなれませんわ。
ほんで記念すべき20周年の「女による女のためのR-18文学賞」は宮島未奈さんの「ありがとう西武大津店」が受賞なさいました。おめでとうございます。エロとは無縁の女子中学生モノ小説です。
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
一学期の最終日である七月三十一日、下校中に成瀬がまた変なことを言い出した。いつだって成瀬は変だ。十四年にわたる成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたわたしが言うのだから間違いない。(中略)
「夏を西武に捧げるって?」
「毎日西武に通う」
成瀬の言わんとすることはわかる。わたしたちが住む大津市唯一のデパート西武大津店は、一ヶ月後の八月三十一日に営業終了する。建物は取り壊され、跡地にはマンションが建つらしい。四十四年の歴史に幕を閉じるとあって、地域住民は心を痛めている。
宮島未奈「ありがとう西武大津店」
思わず笑っちゃうような小説の出だしですね。R-18文学賞は選考委員の先生方のほかにネットでも人気投票が行われていて、そこでも宮島さんの「ありがとう西武大津店」がトップだったそうです。さもありなんと思いますわ。成瀬のような女の子、学年に一人は必ずいましたもの。こういった女の子の面白さって、男の子とは明らかに違います。何かに情熱を傾けずにはいられない、でもそれが男の子のようにキレイな女の子をものにするとかスポーツで目立つとか、いわゆる現世利益とは必ずしも結びついてないのよね。人気投票した方の大半が女性だとすると、胸に手を当てればこんなタイプの女の子、すぐに思いつきますわ。感情移入しやすいお作品です。
もち学年に一人くらい、男の子となんやかんやあって、不確かな噂だけを残して退学してしまう女の子もいましたわ。でもそれも、男の子好きっていうよりは、ある男の子に情熱を傾ける、傾けざるを得なくなった子だったような気がします。だけどそうなると男の子文脈に飲み込まれてしまいますから「(女性の)書き手の感性を生かした小説」にはなりにくいですわね。
アテクシのようなコワモテオバサンになっても元女の子ですから、成瀬のような女の子の気持ちはよくわかります。オバサンが韓流なんかに狂っちゃう理由も同じ原理ね。情熱を傾ける対象が欲しいのよ。今の世の中、どこ行っても女性が多いわ。美術展、映画、コンサート、演劇、温泉でも女の人が目立つわけ。男はどこへいっちゃったのって時々思いますわね。飲み屋でおねーちゃん相手にクダ巻いてるのかもしれませんけど、それが女の行動原理のように社会的トレンドを生み出すことはとっても少ないわね。今は女の時代って感じがするわ。
そういう意味では純文学小説で、男女平等とか女性の権利とかをテーマにするのは「どうかなー」と思っちゃうところがござーます。それは社会的権利であって、男たちの既得権社会と闘ってる国会議員のセンセなんかに任せておけばいいのよ。純文学で女性作家が社会コードをテーマにすればするほど小説はつまんなくなっちゃうと思います。当たり前ですけど小説なんかでは、思いっきり女高男低、女の感性というか行動原理を活かした方がお・と・くになると思いますわ。
十七時十五分になり、ぐるりんワイドロゴと安っぽいBGMで番組がはじまる。(中略)買い物客が自然な様子で行き交う中、成瀬だけはテレビに映るために立っていた。肩まで垂らした黒髪に、白い不燃布のマスク、学校の制服の黒いスカートと白いソックスだけなら何の変哲もない女子中学生だっただろう。成瀬はなぜか野球のユニフォームを身につけていた。胸に書かれた「Lions」のロゴと、立っている場所から察するに、西武ライオンズのユニフォームに違いない。これまで成瀬が野球好きという話はまったく聞いたことがなかった。両手には応援グッズとおぼしきプラスチックのミニバットが一本ずつ握られている。
店の前の電光掲示板には「閉店まであと29日」と表示されている。レポーターが「こちらで閉店までのカウントダウンをしています」と言うそばで、成瀬はまっすぐカメラ目線で立っていた。レポーターは成瀬を様子のおかしい人だと見なしたらしくスルーし、青と緑の目玉模様の紙袋を持って店から出てきたおばちゃんにマイクを向けた。おばちゃんは「何度も来てたので寂しいです」と誰にでも言えそうな、それでいてテレビ局の期待に一〇〇パーセント応えるコメントを発した。
同
この思いきりのよさ、成瀬ちゃんのような女の子、そのまんまね。成瀬は営業終了までの電光掲示版をじっと見て、語り手の私に「このままだと最終日が『あと1日』になる。本来『あと0日』になるべきではないだろうか」と「難しい表情」で言います。爆笑してしまいましたわ。言いそう。情熱を傾けるってそういうことよね。とってもリアリティがあります。
で、物語はどう進んでゆくのか。小説ですから最低限の事件は起こります。でもこういった小説では事件が起こらないことが事件よね。目立つ格好をして毎日ローカルテレビの画面に映り込んでいるのに成瀬は一度もレポーターからインタビューされません。それでいいわけです。無償の情熱と西武愛が際立ちます。
「将来、わたしが大津にデパートを建てる
「がんばれ」
成瀬の発言が実現するといいなと思いながら、わたしは元西武大津店になった建物を見上げた。
同
小説のラストは成瀬の女の子の大望で締めくくられます。熱がこもっているようなこもっていないような主人公の「がんばれ」も利いています。わたしも「がんばれ」と言っちゃいましたわ。
佐藤知恵子
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