当たり前だが紙媒体の文芸誌には枚数制限がある。「十枚で書いてください」と言われたりする。超過するとどうなるのか。こっぴどく叱られる。「いいですか、十枚と言ったら十枚なんです。きっちり書いてください」と怒られる。
これは編集部があらかじめページ割りしているからである。ページ数に合った枚数が決まっているのだ。じゃあ作家は編集部に振り回されているのかというとそうとも言えない。一種の教育的指導だ。
文筆業に限らずどんな仕事でもクライアントの要望はある。たいていの作家は、特に若いと我が儘で世間知らずだから自分の作品サイコーと思い込んでいることが多い。枚数を超過しても「それがどうした重要な作品なのがわからんのか」と反発しがちだ。んなことあるはずがないので、ピシャリと高慢な思い込みを叩き潰してやる必要がある。
また指定された枚数きっちりで文章を書くことは、間違いなく作家の文章技術を高めてくれる。短すぎると思ったら内容を詰め込み過ぎないようにすればいい。ある程度の枚数なら、工夫次第で相当な内容を表現できるようになる。枚数によって書き方を変える訓練をしないと文章技術は上達しない。
では作家は編集部の指示通りの枚数しか原稿を書けないのかと言うと、そうではない。ある程度編集部の信頼を得ると、つまり編集部が作家の文章技術を認めてくれると作家の好きに書かせてくれるようになる。そのかわり編集部のチェックが厳しくなる。最近ではだいぶ緩くなってるが、何度かは書き直しさせられる。長い小説になると初稿から掲載まで一年二年かかることも珍しくない。
もちろん編集部の書き直し指示がいつも正しいわけではない。こりゃ時間稼ぎじゃないかと思えることだってある。それに耐え、厳しいダメ出しをくぐり抜けてようやく作品発表となるわけだ。それはとても小さいが作家にとって一つの達成ではある。ページ数が決まっている文芸誌で自分の作品が相当量のページを独占することになる。露骨な言い方をすれば他の作家たちの作品が押し出される。文学の世界なら競争がないというのは幻想だ。人間の世界はどこまでいっても他者と鎬を削り合う。
ただ百五十枚もあれば単行本一冊の分量になるが、雑誌に掲載されたすべての作品が単行本化されるわけではない。たいていの作品は単行本にならない。また単行本化されても本が売れるとは限らない。粘り強く作品を持ち込み編集部との信頼関係を作っても、本が売れなければじょじょに本の出版はもちろん、雑誌掲載も難しくなってゆく。作家にとって本が売れることが最終ハードルだということである。本が売れていれば文芸誌をスキップすることもできる。数は少ないが雑誌の〆切に煩わされないで本を書いている作家もいる。
昔から紙媒体の文芸誌は狭き門だが作家人口が激増し、戦後文学といった評価基準が霧散してしまった現在ではなお狭くなっている。どんな作品が秀作なのか判断しにくいのだ。また掲載チャンスが限られていることもあって中堅・若手作家は最低でも百五十枚くらいのそれなりに長い小説を書きたがる。チャンスは年一回あるかないかだから、少ないチャンスで評価を得て単行本化に持ち込みたいわけである。
もちろん短編小説が掲載されることもある。雑誌の企画で短編を書かせることもあるし新人のお試し依頼作品ということもある。ただ短編小説の方中・長編よりもがハードルが高い。西村賢太さんのような生粋の私小説作家でない限り、短編でピリッとした作品を書ける作家は非常に少ない。ほとんどがモヤモヤとした中途半端な作品になる。
額縁の枠、まっすぐであるはずの、少なくとも数秒前まではまっすぐだった枠の線が、ぐにゃり、と凹んでいる、脳かと驚いて目線を動かすと凹んでいる場所が動く、目だ、枠はアルミか何か、軽い、しっかりとした金属で出来ていて、それが目の位置を動かすたびに、ぐにゃりとゆがんだ
(山下澄人「星、ゆがみなり」)
山下澄人さんの「星、ゆがみなり」は二十五枚ほどの短編。読点のない文章からわかるようにわたしの意識を書き綴っている。出来事は起こる。冒頭でわたしは額縁のアルミ枠が歪んでいることに気づく。この異変を大事件にすることもできるがそうはならない。「驚いて目線を動かす」とあるがさして驚いているわけではない。
実際わたしは激しい腹痛に襲われて病院に駆け込み、腹膜炎で緊急手術を受けることになる。目の異変どころではなく命にかかわる大事件だ。術後しばらくは人工肛門を付ける不自由な生活にもなる。しかしわたしの感情は大きく動かない。「あくびでもしながら/まー来るんやろ/程度のものでしかない」と異変をやり過ごす。
生をする細胞は、死んでいく、死ななければならない細胞が嫌いだ、ヒトは走り回る獣に比べて弱い、知恵しかない、その知恵が、嫌い、を変化させた、きっとそうだ、助ける、をした、助けよう、をした、いずれ自分もそうなることを知って、ヒトが、というよりヒトになった細胞が、その知恵をつけた
今も視界は歪んだままだ。
空の星も歪んだままだ。
(同)
正確に意味を読み解こうとすれば曖昧だが、どうやらわたしはある種の達観に到達したようだ。「ヒトの知恵」を相対化するかのような達観に至り何事にも動じない心を得た、というふうに一応は読める。小説的に言えば冒頭に、振り出しに戻ったことになる。事件はわたしに何事ももたらさない。起きても起きなくても同じことだ。
しかし私は、同時に、不思議だけど、いまのこの状況をなぜか絶対安全と感じてもいたような気がする。なんの根拠も理由もない。ただ、由里さんと一緒にいた、やぶれかぶれみたいな二十歳の頃の時間、晴れ間に集まってくるどこか狂っているのに平然と立派な社会人として暮らしているひとたちを見ていた時間を思い出すと、チコの運転するジェットコースターみたいな車内で、心のどこかで強く、絶対大丈夫、と思えた。なにが大丈夫なのか、大丈夫とはなんなのか、自分でも全然わからないところが危うくて、けどその危うさが私に無根拠に絶対と思わせる。
(滝口悠生「絶対大丈夫」)
滝口悠生さんの「絶対大丈夫」は十八枚くらいの短編。夫といっしょにヨーロッパ旅行に行ったわたしが二十代の頃に晴れ間という居酒屋で仲良くなったバイト仲間で、今はイタリアに住んでいる由里を訪ねる話である。
若い頃の回想はある。身近にいる夫への不満も書かれている。しかし事件は起こるようで起こらない。山下さんの「星、ゆがみなり」と同様にわたしもある達観に到達している。だがその達観は「無根拠」で脆い。
山下、滝口両氏の小説は一種の連作のようだが、単にわたしを主人公にして、わたしの感情や思いを書けば私小説=純文学になるわけではない。私小説はその名称の通り〝私〟の自我意識の輪郭がハッキリしている小説を指す。しかしたいていの現代小説で私の輪郭は曖昧だ。そんな小説が大勢を占めるようになっているのだから今やそれが純文学の型(パターン)ということになる。ただし本来的な私小説から言えば私小説モドキである。
私小説なら二十枚もあればドラマチックな小説が書ける。私小説の体裁を取りながらまったく事件が起こらず最初から最後までわたしの感情が揺るがないのは、わたしがわたしの殻の中に閉じこもっているからである。極度に肥大化した自我意識が他者を取り込み自我意識=世界となって、自己も他者も他人のように眺められるようにならなければ事件は起きない。他者と衝突しなければ事件は起こらないのだ。
ただ両氏の小説が今の純文学のスタンダードな書き方である。実によく似ている。ストレートに言えばステレオタイプ化している。これはいいことなのか。もちろんマズイ。
大篠夏彦
■ 山下澄人さんの本 ■
■ 滝口悠生さんの本 ■
■ 金魚屋の本 ■