世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
森
わたしは森のそばに住む
毎日木々を見て
本数を数える
春には草色の
秋には燃える色の
梢は風にゆれる
いつも吹いている
西からの風に
わたしも髪をゆらす
気圧配置のように
思考は西高東低
東南から嵐がくる
季節がめぐるまで
毎日木々を見て
本数を数える
若い枝が伸びるのを
根がくねって横這うのを
踏み分けながら
森に入る
太い木をえらび
皮に傷をつける
白い樹液がながれ
足もとにすみれ
花のもとには
水が湧く
小さな滝壺は碧く
どこまでも碧く
そこに鏡がある
木々の本数は増えて
さらに鬱蒼と
緑は深く
どこまでも深く
ふいに道に出る
石畳と塗り壁の
道は砂浜へと続く
海は存外に近く
視界はあくまで白く
帆船が浮かぶ
灰色の影が並び
わたしは海辺に立っている
陽が射すまで
波がくだけて
光が散り敷かれて
青い結晶が地球を覆うまで
砂は水を吸い
一本の草木が生える
細い首のような茎から
薄い葉が開いて
貝殻をひろう
子らの声が響く
子らの数だけ
波が打ち寄せて
子らがいなくなると
蕾がふくらむ
夜の波音は
花だけが聞いている
魚は眠っている
海底の岩に
身を隠して
色鮮やかな尾ひれが
イソギンチャクに触れる
海の呼吸のように
吸っては吐く
水のさざめきは静かに
波の鼓動を生み
わたしは眠らぬまま
寝台の上で
ただ数えている
波の音を
森の木々を
天窓の星々を
街灯の下を
歩く足音が聞こえる
駅に鳴りわたる
笛の音が闇を裂き
ホームの壁に手をつく
列車が出てゆく
六万個の星が降る
切り取られた夜空を
卵型の光が過ぎる
あれはなに
六万個の星空から
こぼれ落ちたかと
わたしは数えている
五万とある星の残りが
九千九百九十九個
数える間に
日が昇る
切り取られた青空を
卵型の闇が過ぎる
あれはなに
鏡に映る
わたしたちの星
ただ続く波と
広がる森を
ひっそりと抱えて
わたしたちは数える
とりどりの声と
毎日見る木々を
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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