世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
歩
一歩めは試し
二歩めは確かに
三歩めは急ぎ
四歩めは冷やり
五歩めで抜けたら
六歩めはそろそろ
七歩めの追加なし
八歩めを眺めて
九歩めで立ち止まる
見渡せば
花も
紅葉もなく
左右から吹く風に
葉が裏返る
ただ裏返る
耳を澄ませば
巨人の足音が
一歩めは上機嫌
二歩めに勢いづき
三歩めに転げて
四歩めに我に返り
五歩めでまだまだ
六歩めで躊躇して
七歩めで疲れ
八歩めで髭をのばし
九歩めで剃りあげる
岩を洗う
大波が打ち寄せる
繰り返し
潮が満ちて平らかに
潮が引いて平らかに
繰り返し
時はながれる
人はとどこおる
気は集まり
やがて散る
目を凝らせば
神の後光に
一歩めで目が眩み
二歩めに粛然と
三歩めに覚悟して
四歩めに嘆息する
五歩めは追従し
六歩めは宿命
七歩めで足を洗い
八歩めに逃げ遅れ
九歩めは天上の
歌が聞こえる
上がって
下がって
ドレミファソラシド
どしたらよかべか
繰り返される
昔
あるところに
一人の男がいました
道を歩けば
不幸にあたります
一歩めにつまずき
二歩めに膝をくじき
三歩めに立ち上がれず
四歩めにお侍にぶつかり
あわや斬り殺されかけ
男はいのりました
犬ですら
歩けば棒にあたる
二本足では足りぬなら
どうぞ四本の足を
五歩めに女と遇い
六歩めで店を出し
七歩めが損益分岐点
八歩めに海外進出
九歩めで赤字転落
今ここに
その妻がいます
男運がわるいと
見切りをつけ
籠をかついで
行商に出ました
一歩めで石を拾い
二歩めで川を渡り
ぬれた石の輝きを
外国の宝石といい
三歩めで売って
四歩めに仕入れた
たくさんの石ころに
世界の都市の名前をつけた
パリ、香港、マラケシュ
女はギンザに
五歩めでガラスケースを並べ
六歩めに厚い絨毯を敷き
従業員に制服を着せた
いらっしゃいませ
七歩めに女たちはひざまずき
顧客に紙袋を渡す
八歩めに客たちは振り返り
九歩めに気づく
渡されたのはかつて
一歩めで躓いた石だと
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
株は技術だ、一生モノ!
■ 小原眞紀子さんの本 ■
■ 金魚屋の本 ■