世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
茸
二十世紀初頭の
著名な投資家 E・H・ウィンドレットは
弟子に向かってこのように述べた
「欲望は底辺に生える
あやふやな逡巡のうちに芽吹き
確信ありげに突き上げ
萎えてはまた突き上げ
いっとき天を目指す」
弟子は問うた
いっときとは何時までか、と
師は答えた
「自らのうちに撥をもち
自らの外側のドラムを叩け」
うちとはどこにあるのか
ドラムはなぜ外側にあるのか
謎は謎をよび
弟子たちは黙った
しかし彼らの腰掛けた
椅子の座面には確かに
欲望が芽生え
確信ありげに突き上げ
萎えてはまた突き上げる
リズムを感じた者もいた
弟子たちの一人
N・K・ラングは
ヨーロッパの辺境に住み
市場の動きも三日遅れの
電報で受けとる日々であったが
師の功績を継承し
数十年後にこう述べた
「天井とは天上にあり
ふと立ちどまって足下を見る
来し方を思って恥じ
行く末を思って怖れ
地上の物語に帰る」
そのまた弟子は手紙で問うた
物語の結末はいかに、と
師は答えた
「自らのうちにある絵を
壁に向かって四通り描け」
うちとはどこにあるのか
五通りでなくなぜ四通りなのか
謎は謎をよび
弟子たちは忘れた
しかし彼らの住む町の
役所のパンフレットにはたいてい
教会の天井が写り
誇るべき来歴が語られ
福祉の充実を抱負する
地上の豊かさとはそんなもん
だから旅に出る者もいた
なにかをやり過ごし
すべてを過去とするため
そんな弟子の一人
M・O・モンローは
ニューヨークとロンドンの
市場近くの書店に出没
茸の図鑑を隈なく集めた
先の赤いもの
斑点があるもの
傘が開いたもの
節があるもの
虫に寄生した変わり種まで
彼女が知らぬ茸はなく
生える瞬間を予言した
弟子たちは跪き
そのすべてを眺めた
彼女の呼吸を
彼女の身ごなしを
身体を開き
肘の内側に
足の付け根に
襟足とリンパ節に
さまざまなな茸を生やして
十日のうちに切りとる様を
欲望のかたちは
全部似ている、と彼女は言った
どれもなつかしく
飽き飽きする
しかし欲望の伸びかたは
全部異なる、とも
だから寄り添って
満たしてやる
十日を待たず
滅ぼしてやる
それが茸の定めだから
それがお前の限界だから
お前も
お前も
そんなもんだから
弟子たちは絶望し
あるいは歓喜して
それは同じことなのだが
順に切りとられる
洗わないままで
ソテーされ
なおかつメインディッシュでなく
添えものとなる
人参のバター煮とともに
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
株は技術だ、一生モノ!
■ 小原眞紀子さんの本 ■
■ 金魚屋の本 ■