訃報が二つ届いた
二人とも遠い親戚の女性だった
一人は九十七歲
長くナーシングホームに入居していて
ベッドから下りる際に転倒して
そのまま亡くなってしまった
もう一人は何歳だったか知らない
三十年以上前に一度会ったきりだった
それでも亡くなったという報せは届く
父親の電話で
従兄からの葉書で
少しの悲しみと
少しの安堵とともに
一人はサバサバとした気っ風のいい女性で
もう一人はややこしい人だった
僕らが近親者を疎み
時に憎むようになる原因は
たいてい甘えだ
「もっとお父さんお母さんを大切にね」
「友だちじゃないか」
何度も繰り返される言葉の響きに
僕らはやがて粘りつくような甘えを感じる
できれば何ごともなかったことにして欲しい
彼や彼女らの都合で関係を深めたい
僕らは 僕は
それを拒絶できるのか
できるけどできない
かすかに触れ合っていた指を離しても
それで良かったのかという思いは残る
生きている間は
一九八〇年代の上野発の夜行列車は
半地下に停まっていた記憶がある
深いプラットホームから夜空が見えた
三十代のときに勤めていた会社の上司は鉄道オタクで
外出して電車に乗ると
聞きもしないのに電車の型番を教えてくれた
一〇三系とか二〇五系とか
同僚は無口だったけど
ある日子どもの頃にグッピーを飼っていたと話したら
一時間は熱帯魚について語り続けた
人は誰かと話したい
知識と情熱を分け合いたい時に
何も話すことがない時にでも
僕の前の座席でサラリーマン二人が
ずっと会社の愚痴をしゃべり続けていた
世界の果てまで連れてって
すくすく育った子どもは冒険の旅に出る
青々とした草原を抜け森に入ってゆく
熊や虎と戦い逃げ惑い
生き物がほとんどいない沙漠に迷い込む
敵が強烈な日差しと渇きに変わる
うねるような砂丘が海に見えるから
今度は小舟に白い帆を張って大海原に乗り出す
世界の果てはいつだって孤島だから
浜辺には朽ちかけた巨大な海賊船が座礁している
丘の上に小さな小屋があってこびとが住んでいる
たいてい仕立屋だ
岩山の洞窟には鉤鼻の魔女が座っていて
「それからどうなっちゃうの!」
九十九数えるうちにパッと消えてしまう
真っ白なノートがあって
最初は文字が書かれる
火曜日は晴れだった
それから数字
ボールペンや新しいシャツの値段
やがて線になり顔になる
言葉では語り尽くせないから
二〇二〇年代だから北陸新幹線に乗れば
ほんの二時間半で故郷に着く
放蕩息子は子どのままだから油断していた
いつまでも呑気な子どものフリをしていた
「待ってくれ!」と叫べばいいと思っていた
とっくに世界の果てに着いていて
その先に進めば
一人きりだとわかっていたのに
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