世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
止
東方には森
葉群れはこんもりと
地平の縁に引っかかる
枝をのばせば
世界がひび割れ
光が漏れる
西方には海
水平線の縁から溢れた
葡萄酒のように紅く
陽が沈めば
一歩さがって
やはり紅く染まる
月日のごとく
玉はころがる
東から西
西から東
馬や駱駝が倒れ
さまざまな顔が通りすぎた
乾いた風に
手足が晒され
立ち止まる
空を見上げて
ここか、と呟く
北方には山
頂きに突かれて
大気が破れる
天の川が流れ込む
地上の女が水を浴び
冷たい像と化す
南方には平地
今日は草を刈り
明日は田を耕し
ご飯を食べて
夜は寝る
子を成して死ぬ
月日を超えて
魂はころがる
北から南
南から北
耳をすませば
微かに聞こえる
世界の溝を滑り
落ちてもどる
上って下る
魂の不平
忙しすぎて何も見えない
鏡張りなのに
自分の姿も
咲いている花も
やがて草臥れ
萎れてくれば
音はしずまり
そして止まる
東と西の間に
北と南の境に
時とともに
つくづくと眺める
底に映る姿を
その中心を
雨降れば三年
穴を穿って
裏にまで落ち込む
日が照れば三年
そよ風が吹き
曇りなく
空は磨かれ
芽吹くものがある
森を背景に
枝はくっきり空間をわけて
東方を横切る
無言のまま
葉群れはひろがり
地平はたかまる
西方から遠く
汽笛が聞こえる
夕暮れのざわめき
木洩れ陽のふるえ
魂は書き止める
その場にあるすべてを
その場にないすべても
海の彼方にあるものとして
時とともに
玉は世界をめぐる
時とともに
ここへもどってくる
草はらで育ったなら
草の匂いを立て
乳で育ったなら
乳臭さをただよわせ
そのまま止まる
空を見上げて
北方からの風にひとつ
くしゃみをする
ぷるんと身震いして
セーターを着る
南方の市場で買った
目が詰まった
草花模様の
バーゲンで安かった
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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