世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
月
最初の金曜は
満月か
三日月か
見上げて占う
人々の暮らしを
川の水位を
魚が跳ねて
素早い者がつかむ
また水面に落ちるのを
静かな者が眺める
深くもぐって
岩の面を食み
少し浮かんで
またもぐり
苔を三度つついて
水面を流れゆく
月の光に染まり
金の像となる
さかしまの世界
足もとに星々が敷かれ
魚が天に昇ってゆく
星は魚に
魚は星に
喜びは不安に
不安は喜びに
カレンダーをめくる
手が震える
心配しなければ
悪いことは起きない、と
父は言った
どこの父親も
最後はそう言う
ただひとつの真実として
言い遺して死ぬ
死ぬとしばらく
月に仮住まいする
第一金曜まで
地球を見ている
走りまわる子らを
つまづく子らを
なんのことはない
月日は過ぎる
カレンダーをめくる
それが悲劇なら
カレンダーをめくる
それは慰めであり
つかの間の喜びである
最初の金曜が
またやってくる
わがままだった父は
待ちきれずとうに
宇宙に出かけたろう
星々を見て歩き
なんのことはない、と
やっぱり言うだろう
地上では
長いこと寝ていて飽き飽きしたが
見ていた空にも飽き飽きしたが
ただ宙に手をかけ
足を空に
さまようのは悪くない
浮かぶのは悪くない
左右に動き
上下すれば
何者でもない
なんのことはない
怖れるものは
なにもない
走り疲れた子に
つまづき泣いた子に
母は読み聞かせる
月の男の話を
ぼんやりと愚かしく
誰より賢い
卵ばかり食べて
木曜の夜に唄う
どこか見覚えのある
男たちは地上では
ただ働く
散り敷かれた星のように
舐めて溶ける塩のように
働く場のあるかぎり
飛び出す棒をハンマーで叩き
刺した釘を半日で抜く
落ちた棒を手で拾い上げ
仮天井に釘打ちする
週末の夕暮れ
西から雲が流れてくる
金色に輝き
天女が手招きする
夢を見た、と
晩年に父は言った
怖がらなくていい、と
天女は言った
酒のせいで
月が二つに見えても
第一金曜はひとつ
雇用が失われたら
卵を食べればいい
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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