世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
猫
浮き世は猫である
上がって下がって
丸まって
進んで退き
まわれ右
右が好きなら
たいてい右
と、思ったら左
海は猫である
荒れて鎮まり
ふいに流れる
足もとに渦巻き
ぐんと伸びる
魚の頭の
凸起は知っている
どこにいても
まっしぐら
濡れるのは嫌だけど
海を渡って
大陸に上がる
階段の陰に
葡萄が転がって
猫は猫である
波のようにうねり
尻尾が立ったら
空に書かれた
明日の天気を読み上げる
不思議な声で
そして忘れる
沈む心は猫である
どこまでもつぶれ
四つ足を拡げ
水溜りのように
そのなかにただ
沈んでゆく
なにが見える
草の根が
虫たちが
過ぎていった時代が
猫の模様になる
自分で皮を剥ぎ
耳を澄ましている
遠い海鳴りと
三味線の音色
うとうとするまで
目を細め
裏返しになるまで
沈んでゆく
白猫は黒く
黒猫は白く
でも生きている
もらった餌の空缶も
踏んでゆく枯れ枝も
まだ生きている
猫のいる小島の磯
猫のいる都会の路
すべて生きている
時を経て
猫はそだつ
地に落ちていた
さまざまなものを包み
水に浮かんでいた
あらゆるものを含んで
子猫はにゃあにゃあ
ぷくぷく肥えて
透きとおっていく
喧嘩の傷も
尻尾の抜け毛も
透きとおっていく
時を経て
ふてぶてしさも
にたにた笑いも
透きとおっていく
それでも生きている
回転するから
生きている
目がまわるから
生きている
寒ければ耐えて
晴れれば上機嫌
浮き世は猫だが
彼岸も猫である
濡れるのは嫌だけど
三途の川も泳いで渡る
意外とタフである
死んでも猫である
そこからが勝負
猫は偏在する
世界は猫である
大きくなれば
なるほど猫である
いるかいないか
わからなくても猫である
透きとおっている
そこの猫は猫である
突っつけば生きている
死んでも生きている
結局のところ
子猫が一番かわいいけど
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
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