世界は変わりつつある。最初の変化はどこに現れるのか。社会か、経済か。しかし詩の想念こそがそれをいち早く捉え得る。直観によって。今、出現しているものはわずかだが、見紛うことはない。Currency。時の流れがかたちづくる、自然そのものに似た想念の流れ。抽象であり具象であるもの。詩でしか捉え得ない流れをもって、世界の見方を創出する。小原眞紀子の新・連作詩篇。
by 小原眞紀子
姿
昔、詩に書いたことがある
半透明のそら豆に似た姿を
細い腕をまわして
片足をつかんでいる
うつむいて
さらにうつむいて
消化器官がうごくのを眺め
もう一度
ぐいと腹をねじって
言葉を排泄する
時がながれ
時代がうつり
鏡の前でとんだりはねたり
何度か繰り返して
頭というものができる
首を傾げることができる
ヒトのように
考え深げに
尻からでなく
口から
言葉を発する
わたしはだれ
それだけで
まともみたい
二本の足で
立ってるみたい
腕を組んで
顎に触れる
その上に目があり
前方を照らす
右の目も
左の目も
互いに気づいてないが
もっと重要なことは
照らす壁に浮かぶ
輪のかたち
その内側しか
見ることはできない
その外側は
見てはならない
二本の足の
ヒトの姿でいるならば
顎をもうちょっとひいて
視線をもうちょっとずらし
輪っかをうごかしては
大騒ぎする
別の天使が舞い降りて
認識を与えたかのように
輪っかのなかで
認識はいつも十日もたない
ストップウォッチを弾いて
仕事する
ヒトとして
二本の腕を使って
もっと重要なことは
いつも外側にある
だから十日経てば
おそるおそる
隣りを照らす
かすかな達成感と
無為に過ぎた時間の
混在が周囲の闇をつくると
ヒトは思うが
もとより闇から生まれた
闇そのものの存在だったと
思い出せないでいる
思い出せないでいるかぎり
達成はそのときかぎり
時は無為に過ぎる
あるとき
くずれかけた姿で
すべり落ちた横顔の
右目が左目に語りかける
なにを見てるんだい
光を、と左目は答える
今を
あるいは過ぎてゆく時を
ならばこちらは、と右目は言う
闇を見よう
何も見えない
ことはない
見つめれば
浮かんでは消える
色とりどりの豊穣
ヒトは思い出す
ヒトの姿を失いながら
夕陽が射して
四畳半の片隅の
畳の隙間にビーズ玉が
埃にまみれ
きらめいていたことを
それをいつまでも
いつまでも見ていたことを
とっぷりと日が暮れて
四角い夜に囲われても
ほの白い蛍光灯の下
自分を見ていた
まだヒトでない
姿のまま
* 連作詩篇『Currency』は毎月09日に更新されます。
縦書きでもお読みいただけます。左のボタンをクリックしてファイルを表示させてください。
株は技術だ、一生モノ!
■ 小原眞紀子さんの本 ■
■ 金魚屋の本 ■