鶴山裕司さんの連載文芸評論『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の原像』『Ⅰ 子規文学の射程(パースペクティブ)(後編)』をアップしましたぁ。鶴山さんの『日本近代文学の言語像Ⅱ 夏目漱石論-現代文学の創出』(近刊予定)に次ぐ、Ⅰの子規論先行アップです。
石川は若い頃に子規論を何冊か読んだことがあります。ただどーもピンとこなかった。子規の実作に即する限り、彼の仕事に定冠詞のようにくっついている〝俳句革新〟〝短歌革新〟という呼び名はしっくり来ない。加えて子規は満35歳で夭折してしまった。しかも病苦に悩まされたわけで、その仕事は混乱しているように見える。にも関わらず後の世代に大きな影響を与えたのは間違いない。それらをちゃんと解明した子規論ではなかったんですね。
鶴山さんは『子規の仕事は門弟や友人たちに引き継がれた。俳句では高濱虚子が子規の古典的側面である写生俳句を継承した。河東碧梧桐は前衛的側面を受け継いで無季無韻の新傾向俳句(自由律俳句)を生み出した。写生中心の短歌を継承したのは伊藤左千夫や長塚節らである。漱石は写生文の後継者になった。彼らは子規派である。子規自身が残した仕事は限られているが、それを〝可能性〟として捉えれば遙かに射程は伸びる。未完で終わったからこそ子規文学の全貌はその可能性を含めて検討しなければ把握できない面がある』と批評しておられます。
つまり鶴山さんの子規論は、子規一代の仕事を検討した上で後代の〝子規派(子規スクール)〟の仕事にも及んでいます。今の俳壇では子規が論じられることは少なく、現実の俳壇に未だに大きな影響を与え続けている虚子が盛んに論じられています。しかし原点を確認した方がいいですね。鶴山さんの仕事はそのための礎石になると思います。
■ 鶴山裕司 連載文芸評論『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の原像』『Ⅰ 子規文学の射程(パースペクティブ)(後編)』縦書版 ■
■ 鶴山裕司 連載文芸評論『日本近代文学の言語像Ⅰ 正岡子規論-日本文学の原像』『Ⅰ 子規文学の射程(パースペクティブ)(後編)』横書版 ■
■ 予測できない天災に備えておきませうね ■